「実は私、昔はね……」 認知症に伴う、事実ではない話をしてしまう「作話」とは?
認知症の本質は、「自分が認知症であることが認知できなくなる」ことにあります。もちろん、軽いうちは、少しは自分のおかしなところに気づくことができますが、進行すると最終的には自分のことがわからなくなってしまいます。「わからなくなってしまう」とは、どのような状態を指すのか、そして、認知症になるとなぜ作話が起きるのかを、分かりやすく解説します。
作話とは……「メタ認知力」が失われ、事実ではない話を作ってしまう状態
自分が「わかっているかどうか」認知できることを、「メタ認知」といいます(※1)。たとえば私がペンを持っていて、「これは何ですか?」とあなたにたずねたとしましょう。「ペンです」と答えることができれば、あなたは「ペンという物を認知できた」といえます。しかし何だかわからず、「わかりません」と答えた場合はどうでしょうか? この場合は、ペンを認知することはできなかったことになりますが、「自分がわかっていない」ということは認知できた、ということになり、つまり「メタ認知力はある」と判断されます。認知症が進行してメタ認知力が失われた方は、「自分がわからないこともわからない」ので、ペンを見せられても、「花です」といったように、何かふと思いついたままに全く違う答えを返すことがあります。このような状態を「作話(さくわ)」といいます。
「嫁が私の預金通帳を持ち逃げした」といった「物盗られ妄想」(※2)に基づく発言も作話の一種ですが、他にも「駅前の大きなビルは私がお金を出して建てた」「私は昔女優をやっていてたくさんの映画に出た」など、事実ではないちょっとした自慢話も含まれます。
「作話」と「ウソ」の違いは? 記憶の空白を埋めようとする脳のはたらき
誤解しないでいただきたいのは、決してウソをついているわけではないのです。「ウソ」は相手をだます意図で、自分で事実でないとわかっていながら作り話をすることですが、「作話」の場合は相手をだまそうという意図はなく、あくまで思いついたことを、そのまま口にしているだけなのです。私たちの脳には、情報に空白があるとそれを埋めようとする習性があります。わからないことがあると不安になり、それを解消するために、現実には存在しないものを勝手に作り出します。記憶についても、空白があると脳は不安定になり、適当に空白を埋めて話のつじつまを合わせようとします。しかも、その内容が間違っていることを指摘しても、「あら、そうかしら?」とケロッとしていることがあります。本人は作話をしていることに気づかず、本当の記憶かのように自信たっぷりに話すのです。
しっかりと流暢に話すので、頭はしっかりしていると周囲から受け取られ、事実ではないことを話していても区別できないこともあります。亡くなられた後に、残された遺言が本当に当人の本意なのかどうかが問題になることも少なくありません。
メタ認知ができない場合、病院で「どこか具合が悪いですか?」と質問されても、自分で説明することができません。また、自分の病状を理解できなければ、進んで治療に取り組むこともできません。認知症の場合、どうしても周囲の助けが必要になる理由はここにあるのです。
■参考記事
※1 メタ認知とは何か…認知症の本質とも言える「メタ認知の障害」
※2 認知症の「物盗られ妄想」はなぜ起こる…理由・適切な対応法