離婚できなかった母
両親の間でどんな話が展開したのか、ユウイチさんは知らないという。あの一件から、父は彼とあまり話をしなくなり、食卓をともにすることもほとんどなかったような気がすると彼は言った。「たぶん、父の帰宅が遅くなったんだと思う。僕ら3人が食事を終えて、僕と妹が自室にひきあげてから父は帰ってくるようになった。母と話している様子もあまりなかったし、家の中の雰囲気が殺伐としていましたね。『妹はどうなっちゃったの』と言ったこともあります。ただ、父は妹とは普通に話していたんじゃないかな」
しばらくたって母に「あの話はどうなったの」と聞いたが、母は悲しげに首を振って「もういいわ。あなたたちが大きくなるまではこのままでいい」と言ったそうだ。
「僕はしつこく、あんなことを許すのかと母を責めるように言ってしまいました。すると母は『あなたたちには望むなら大学まで行かせてやりたいの。私だけじゃ無理なのよ』って。つまりは経済的に厳しくなるから離婚はできないということ。切なかったですね。同時に母は父に経済を盾に自由を奪われているのかとも思った。僕は『貧乏になってもいいよ、アルバイトもするよ』と言ったけど、母はいいのよって……」
父は週末もあまり家にはいなかった。女性のところに行っていたのかもしれない。家族とはなるべく顔を合わせないようにしていた可能性もある。
「家の中の雰囲気が嫌で、僕は一生懸命勉強し、東京の大学に合格して家を出た。出るとき父に『お母さんを泣かせるくらいなら自由にしてやればいい』と言いました。父は『おまえに何がわかる』と」
以来、彼はほとんど実家に帰っていない。母から連絡はあるが、父との関係を尋ねることもない。今年の正月、久しぶりに実家に寄ってみたら子犬がいた。夫婦は子犬を真ん中に暮らしているようだった。
「母はよくあの父と一緒にいるなとずっと思っていたけど、それは母の意志なんでしょうね。だったらあんな写真なんか、高校生の僕に見せないでほしかった。僕は不安を抱えながら、母を守ろうと必死だった。でもそんな息子の気持ちを、父だけではなく母もわかってはくれなかったような気がする。あの件は考えないようにしてきたんです。でも芸能人の不倫の話が出ると、心の奥が痛んでたまらない……」
家族への絶望がすっかり彼に根づいてしまったのか、彼は今も結婚する気はまったくないという。