妊婦や子連れの人が優先して入場できる「こどもファスト・トラック」
この春、政府が「異次元の少子化対策」の一環として発表した「こどもファスト・トラック」。公共施設や商業施設などの受付で申し出れば、妊婦や子連れの人が優先して入場できるというもので、ゴールデンウィーク前後に国の施設で広く実施され、地方自治体や民間への導入の検討も進んでいます。混雑が予想されるゴールデンウィークや夏休みなどの期間だけに設置するところもあれば、「迎賓館赤坂離宮」やフットサルクラブ「ペスカドーラ町田」のホームゲームなどのように、常に設置しているところもあります。
SNSでは過剰な反応も? 「こどもファスト・トラック」に批判殺到……
そんな「こどもファスト・トラック」ですが、報道されるとすぐにSNSでは批判の声が高まりました。中でも目立ったのは、「少子化対策としてズレてる」「子どもが並んで待つことを覚えなくなる」といった意見です。一方で、小さな子をもつ親の「ありがたい」という投稿も少ないながら見かけました。SNSでは、どうしても過剰な反応が目立ちがちです。そこで今回All About編集部では、「こどもファスト・トラックに賛成か?反対か?」という独自アンケートを200名を対象に実施しました。 結果は、賛成の割合のほうが多くなり(63%)、SNSよりは穏やかに受け止められている印象です。
【反対派】
「反対」についての理由は、SNSとほぼ同じでした。
- 「優先レーンがあるからといって、もう1人産みたいとは思わない。それより児童手当が増額されたり教育費が無償化されたりすれば、あと1~2人は産みたいと思う」(20代女性・既婚・子どもあり)
- 「子どものうちから待つことを覚えることも大切。優先しすぎると、それが当たり前になってしまいかねない」(30代女性・既婚・子どもなし)
【賛成派】
まずは「こどもファスト・トラック」を自分事として捉えている人の賛成理由です。
- 「現在妊娠中で、貧血などの体調不良になりやすいのでありがたい」(30代女性・既婚・子どもなし)
- 「子どもが小さいと、長時間のおでかけが億劫になる。優先的に入場できれば、家にこもりがちにならず気軽に外出できるから」(30代女性・既婚・子どもあり)
- 「乳児は本能のまま泣くこともあるので、保護者の心のケアのためにもいい取り組みだと思う」(40代女性・既婚・子どもあり)
子どもがいない人からは「お互いが気楽でよい」という意見も。
- 「さわいだり暴れたりする子どもは不快なので、分けてくれるとありがたい。子どものさわぐ声が苦手な人も助かるのでは」(40代女性・独身・子どもなし)
そして意外に多かったのが、社会のあり方として賛同する声です。
- 「街を歩いている時や交通機関利用時に、子連れであることを恐縮している親が多いと思う。もっと胸を張って生きていけるような社会のほうが魅力的なのでは」(30代男性・既婚・子どもなし)
- 「子どもを優先してあげることにより、その子たちが小さな子を優先できるような大人になると思う」(40代男性・既婚・子どもなし)
- 「弱者にやさしい社会につながると思うから」(60代女性・既婚・子どもあり)
なぜ日本は子連れ外出の心理的ハードルが高いのか?
今回のアンケートでは、子連れに対してやさしい視線を向ける人も多かったものの、実際の日本社会は子連れフレンドリーな雰囲気とはいえないのも事実。おでかけ中は「子どもが泣いたりさわいだりしたら、どうしよう……」と、どこか気を張っている親も多いかもしれません。それに対して、地域差はあるものの、海外のほうが総じて子連れに寛容とよくいわれます。国によってはすでに、美術館やタクシー、スーパーのレジなどに「こどもファスト・トラック」のような優先レーンもあります。
旅行ライターとして、海外50カ国以上、子連れでは10カ国以上を旅してきた筆者自身も、海外の雰囲気の方が子連れフレンドリーだと感じていて、とくにアジアでそれを実感しています。娘が1歳の時に訪れたカンボジアでは、どこへ行っても「ハイ、ベイビー!」と声をかけられ、レストランではグズる娘を一緒にあやしてくれたこともありました。娘が5歳の時に二人旅したベトナムでは、スマホで自分の子の写真を見せてくれたりお菓子をくれたりして、子どもにフレンドリーな対応をする人が多かった印象です。
それに比べると、やはり日本は子連れに対する視線が厳しめだと感じます。以前より少なくなってきましたが、公共交通機関や混雑した店などでベビーカーをたたむべきか否かの「ベビーカー論争」も頻繁に起きています。
こうした背景には、「他人に迷惑をかけない」ことを美徳とする日本人独特の意識があるのではないでしょうか。よく日本に来た外国人が電車待ちの整列に驚いていますが、それが当たり前の日本にいると、迷惑とまでいかずとも、人から不快な思いをさせられることに、極端に反応してしまうのかもしれません。
親の周囲への配慮、子どもにルールを教える努力も不可欠
小さな子どものグズりスイッチは、コントロールがほぼ不可能。だからこそ問われるのが、親のふるまいや周囲への配慮です。親が「赤ちゃんなんだから、泣いて当然」と開き直れば、当然反感を買うでしょうし、レストランではグズったら一旦外に連れだす、周囲の人にひと言謝るなどの配慮は必要です。子どもの年齢が上がるにつれて、親がルールを教えることも欠かせません。前述のアンケートの回答の中にも、「対象の年齢は、状況を把握できない未就学児のみでよいと思う。小学生には協調・共生・我慢などを学ぶ貴重な機会になる」という意見もありました。
また、TPOへの配慮も必要です。たとえばフランスでは、子連れOKのところも多いミシュランの星付きレストランも、マナーを守っておとなしくしていられることが大前提。結果、子どもが小さいうちは、親が気にして遠慮するケースもあるようです。
しかしその点で日本は、サービスとしての子連れ対応は充実しています。レストランなら、ひらまつが運営する「サンス・エ・サヴール」で月に1回開催している「お子様ウェルカムデー」のような機会を利用するのも手。映画館や美術館にも、「ベイビークラブシアター」(TOHOシネマズ)や「ベビーといっしょにミュージアムツアー」(東京都庭園美術館)をはじめ、多くの赤ちゃん向けのサービスがあります。繁忙期の移動なら、「東海道新幹線 お子さま連れ専用車両」などを使うと快適でしょう。こうしたサービスも、「こどもファスト・トラック」同様、お互いがストレスなく過ごせる手段のひとつといえます。
子連れ優先サービスは「分断」ではなく「共生」のツールに
「こどもファスト・トラック」を含め、こうした子連れサービスは、物理的に子連れの人とそうでない人をわけるものではありますが、決して両者を「分断」するのではなく、むしろ「共生」するためのツールになるのではないでしょうか。政府は「こどもファスト・トラック」の基本理念として、「社会全体の構造・意識を変える」ことを挙げています。出生率アップに直結しなくても、子どもにやさしい社会づくりへの機運を醸成することはできそうです。
人に迷惑をかけないことを美徳とする日本では、「子どもがグズるのは、長時間待つような場所に連れてくる親の責任」という自己責任論でかたづけられたり、子連れ向けのサービスに「ズルい」という声が上がったりしがちですが、個人的にはもう少し寛容でもいいのではないかと思います。
グズる子どもを大らかに見守ったり、手を差し伸べたりする人が増えることが、子連れはもちろん、ひいては誰もが温かな気持ちになれるやさしい社会につながっていくのではないでしょうか。
【参考】
こどもファスト・トラック(こども家庭庁)