Q. 「見つからなかった探し物が、実はすぐ近くにあった」という現象はなぜ起こるのでしょうか?
探し物が見つからないのはなぜ?
「Q. メガネをなくして、家中を探し回っても見つけられなかったのに、家族に探してもらうとすぐに見つかりました、しかも、自分も見たはずの机の上にあったのです。なぜこんなことが起こるのでしょうか?」
A. 人間の脳に備わった「プライミング」という記憶のしくみのせいです。
私もそうですが、みなさんも同じような体験をしたことがあるにちがいありません。なくした物がなかなか見つからなくて困っているときに、誰かに一緒に探してもらったら、「そこにあるじゃない」とあっさり見つかったり、ひどいときには、「机の上に置いたはずのメガネが見当たらない」と勘違いして必死で探していたら、実はメガネをかけていたなんてことも……。リモコンや鍵がどこにいったかすぐに分からなくなり、毎日何か探し物をしている、という方もいらっしゃるでしょう。実は、これらのすべては、私たちの脳に備わった「プライミング」という記憶のしくみのいたずらによって起きています。
「プライミング」は、自分の意思と関係なく無意識のうちに生じるタイプの記憶で、「先に触れた情報や体験した出来事が後に続いて起こる事柄に影響を与え」ます。少し専門的ですが、プライミング効果をもたらすのに先行する刺激のことを「プライマー」、影響される後続の事象を「ターゲット」と呼びます。つまり、プライミングとは「プライマーによって、ターゲットの処理が促進または抑制される効果」とも定義されます。もともとは、一度体験した事柄を再度体験したときに、できるだけ早く処理できるように、という目的で、脳に備えられたしくみです。
「プライミング効果とは…「ピザ、ピザ、ピザ」のひっかけ遊びに騙される脳」で紹介したように、たとえば「きおく」という言葉を繰り返し聞いたり読んだりした後で「き〇く」と提示されると、すぐ「きおく」という言葉が思いつくようになりますが、その代わりに「きかく」「きそく」など他の言葉が思い浮かばなくなってしまうのは典型的なプライミングの効果です。
「メガネがなくなった」と思って探し始めたときには、たとえば過去の体験が参考になって「どこか遠くに置き忘れたにちがいない」とか「誰かが違う場所に片づけたのかも」といった思い込み(プライマーに相当)が無意識のうちに生まれます。そうすると、実は目の前にメガネが置いてあっても、「目の前にある」とは考えられなくなり、あるのに全然気づかない状態に陥ってしまうのです。また、「あそこに置いたはず」と無意識に思い込んでしまうと、その場所ばかり何度も探し、いつまで経っても見つからないということになります。その一方で、何の思い込みもない(プライミングが起きていない)他の人は、机の上に置いてあるメガネにすぐ気づくことができるというわけです。
思い込みはプライミングによって発生するので、こうした勘違いがあっても落ち込むことはありません。むしろ「自分の脳にはプライミングという仕組みが備わっている」と胸をはってもいいくらいです。でもやはり、こういう失敗はできればしたくないですね。そのためには、プライミングによる思い込みや勘違いが仇になることがあると理解し、それにひっかからないように注意を払えばいいのです。
自分の大切なものが無くなったかも……と思うと、どうしても焦って、あれこれ考えてしまいがちですが、それが余計な思い込みや勘違い(プライマー)を発生させてしまい、目的のものを見つける邪魔をするのです。これを避けるには、探し物をするときに「あそこに置いたはず」という考えが浮かんでも、あえてその考えを捨ててみることです。いくら探しても見つからないときは、その予想が間違っていることがほとんどだからです。何も知らないつもりになって、のんびりと周囲を丁寧に目で追うようにすると、あっさり見つかるものです。
ぜひトライしてみてください。