年齢によって脳の状態は違う? 大人よりも丸暗記が得意な子どもの脳
効果的に記憶するには、年齢に適した学習方法が必要
「「昆虫博士」「鉄道博士」…記憶力のすごい子どもが天才とは言えないワケ」で解説したように、子どもと大人では記憶の仕方が違います。
記憶のうち、言葉に表せる形のものは「陳述記憶」と分類され、さらにその中には、自分が体験した出来事の「思い出」に相当する「エピソード記憶」と、自分には直接関係ないことでも暗記しておくと役立ちそうな「知識」に相当する「意味記憶」があります(詳しくは「エピソード記憶と意味記憶の違い・具体例…効率的な暗記に役立つ方法も」をご覧ください)。
エピソード記憶の形成には、脳の「海馬」という領域が関係しています。海馬を含む大脳辺縁系は、生まれた時点では未完成で、幼児期に徐々に形成されていきます。その中でも、海馬は出来上がるのが遅い方です。したがって、3歳くらいまでの幼児は、海馬を必要とする「エピソード記憶」ができず、海馬よりもできあがるのが早い「海馬傍回(かいばぼうかい)」を使った「意味記憶」が中心となります。そのため、大人なら「自分に関係ないことだから、覚えても無駄」と考えるような内容でも、幼児は手当たり次第に、とにかく丸暗記することができるのです。
大人が丸暗記が苦手になるのは、「脳の衰え」ではなく「脳の発達」のため
日本では、小学校低学年で九九を丸暗記させます。小学生だった私自身も「何のために?」と思いつつも、仕方なく覚えました。でも今改めて振り返ると、子どものときに暗記しておいてよかったなと思います。もし大人になって丸暗記しろと言われても、たぶん難しいからです。大人になると、丸暗記が苦手になるのは、脳の働きが落ちるからではありません。脳の海馬が発達し、意味記憶よりもエピソード記憶が中心になるからです。
大人は、複雑な社会生活を営むために、たくさんのことを処理していかなければなりません。そんなときに、自分に直接関係ないことを丸暗記している余裕はありません。だから、どうでもいいことはできるだけ省き、自分に関係した大切な事柄を優先して記憶するように脳ができているのです。この意味では、大人の方が「合理的」で「賢い」と言えるでしょう。
脳の発達段階を考えれば効率のよい学習方法がわかる
私は大学の薬学部で教員をしていますが、学生たちに薬の名前や作用などを覚えてもらいたいからといって、小学生に九九を丸暗記させるような講義をするわけにはいきません。薬が効く仕組みとして、それぞれの薬の名前と作用を聞いても、幼児期よりも成長した脳ではとても覚えることができないでしょう。そこで私は、まずはじめに体のどこがおかしくなったら病気になるのかを教え、自分や家族がその病気になったらどうするか、どうやって治せばよさそうかを考えさせます。次に、今使える薬としていくつかの名前を挙げ、最後には実際にその薬を使って、実際に患者さんが治っていった過程までを紹介します。こうした流れで講義をすることで、学生たちは様々なエピソードと薬の名前を関連づけながら、自分に関係する大切なこととして多くの知識を吸収していってくれます。
子どもと大人ではそもそも使える記憶の形が違うということを理解しておくことは、年齢に応じた効率的な学習に役立つのです。