大人より敏感な子どもの聴覚、親ができる「音疲れ」へのケア
花火大会やお祭り、テーマパーク。よかれと思って連れていった場所で子どもがぐずってしまい、ずっと抱っこすることになった……なんて経験をした親も少なくないはず。じつはその原因は「音」にあるかもしれない。 大きな音が鳴り響いたり、人混みの喧騒が渦巻いたりする場所で、子どもが耳をふさいだり泣いたりすることがある。風船が割れる音や運動会のピストル音なども同様だ。“音慣れ”していない子どものうちは、こうした大きな音や響きに対し、本能的に「怖い」と感じる。経験が蓄積されると予測できるようになり、次第に怖がらなくなることが多い。「イベントの爆音や雑踏の騒がしさにさらされることが原因で、子どもが疲れてしまうことがあります」
こう指摘するのは、子どもと音の関係を研究する明治大学・早稲田大学博士研究員で一般社団法人「こどものための音環境デザイン」(ADC : Acoustic Design for Children)理事の野口紗生さんだ。
「子どもが外出して疲れるのは、たくさん歩いたり遊んだりしたからだけでなく、“音による疲労”が溜まっているという視点も持ってほしいです。知らず知らずのうちにショッピングモールの騒がしさを大きなストレスに感じている子もいます」
大きな音や響きを過度に嫌がるようなら、イヤーマフや耳栓を使用するのもよいそうだ。その場でできる対応としては、保護者がパーカーのフードをかぶせてあげる、抱っこして耳を包み安心感を与えてあげる、といった対策も有効だ。
「ただ、成長の過程でさまざまな音を感じる経験も必要なので、すべてをシャットアウトすればいいというものではなく、少しずつ慣れるという視点も持てるとよいと思います。その時々のバランスが大切です」(野口さん)
子どもは音を聞き分ける能力が未発達、大人とは違う感覚を理解して
そもそも子どもは、音の受け止め方が大人の感覚とは異なる。音の刺激を感じ取る「聴力」は、乳児の段階で成人と同じレベルまで達するが、あらゆる音情報の中から必要な音を選択して聞く「選択的聴取」の力は幼児期をかけて発達していくという。家庭内でも子どもの音の感覚を理解することが必要そうだ。子育て中は『さっき言ったでしょ』『なんで聞いてないの』と言いたくなるシーンが起こりがちだが、これは子どもが聞こえる音の感覚に原因がありそうだ。
「乳幼児期の子どもは、テレビや洗濯機、料理の音、ママやパパの声など、家の中のあらゆる音に対して意図的な重みづけをしないで聞いています。そのため親としてはきちんと話をしているつもりが、周りがざわざわしていて内容を受け止められていないということがあるのです」(野口さん)
遠くから声をかけても、近くのテレビに集中して聞こえていない、さまざまな物音に埋もれて気づきにくくなってしまっている、という可能性もあるのだという。こうした生活環境は、子どもの発達にも影響を及ぼすそうだ。
「例えば、ごちゃごちゃした街並みの公共空間では掲示物の文字が視覚的に認識しづらいですよね。音の環境についても同じです。そして音を認識しづらいと、周りの音声も自分の発する声も聞き取りにくくなり、言葉や聴取の発達にも影響を及ぼします」(野口さん)
泣き声、はしゃぎ声…… 子育て中の親だって不快をがまんしないで!
耳を守りたいのは子どもだけではない。親自身も音がストレスになっていることは多い。子育てをしていると、耳をふさぎたくなるほど大きな音にさらされることがある。おもちゃをカンカン叩き続ける、大声ではしゃぐ、大泣きする、といった自分の子どもの発する音や声に悩まされている人もいる。ただ、こうしたことは子育てでは当然のことだと思い、その疲労に気づかない、あるいはひたすら耐える、という親も少なくない。泣き声などの音情報は親への重要なサインであることは確かだが、知らず知らずのうちにストレスが蓄積し、限界を超えてしまう場合もある。
自身も2児を育てる野口さんは言う。
「私も子育て中、コンディションがよくなかった時期に、普段は平気な子どもの声に耳の痛みを感じ、思わず耳をふさぎたくなったことがありました。その時は耳栓を使ってコントロールしたところ落ち着けて、子どもの言いたいこともしっかり受け止められるようになりました。つらい時の一つの選択肢としておすすめします。
エアコンや空気清浄機といった日常にある機械音も、意外とストレスになっている場合があります。扉を閉める、消せるものは消す、ボリュームを下げるなど、状況に応じて不要な音を減らせるといいですね」
近年の響きやすい住宅に有効な「部屋を片づけすぎない」という裏技
近年の住宅は、音が響きやすい設計が目立つ。床はフローリングで、壁は石膏ボードに壁紙を貼っていることが多く、隙間のない作りで機密性も高い。部屋に造り付けのクローゼットや収納スペースがあるため、あまり家具は置かない。これらは音が反響しやすい環境だ。さらに天井が高い開放的なリビング、ダイニングとキッチンが一体化した広い空間、開口部が広い大きなガラス窓……これらも一見すっきりして気持ちがいいと感じるが、実際に生活してみると音が響きすぎてしまい、騒がしくなりやすいという。
畳や土壁、たんす、障子など隙間があった昔ながらの日本家屋は、ほどよく音を拡散させたり吸収したりして、響き過ぎという問題が起こりにくかった。では、現代の住宅環境でどのように暮らせばよいだろうか。
「例えば、あまり片づけ過ぎない生活感のある部屋が、音環境的には好ましいこともあります」と目からウロコの対策を教えてくれるのが前出の野口さんだ。これは物を置くことによる音の拡散という特性を利用しているという。
「モデルルームのようにすっきり片づいた部屋は、見た目にはとても気持ちがいいのですが、音環境の面では心配があります。話し声やさまざまな物音が響きやすく増幅されてしまうからです。
その他の対策として、ソファに布をかけたりクッションを置いたりするのもおすすめです。また、毛足の長いふかふかのカーペットは音を吸収してくれます。いわゆる“もふもふした素材”は吸音性があるからです。ひだがたくさんあるカーテンや、凸凹に並べた本棚、大きなぬいぐるみを部屋に置くのも有効です。音環境が整うと子どもの行動も落ち着きます」(野口さん)
大きな声で注意は逆効果、クールダウンできる“静かな場所”を用意して
音が響きやすい環境で声を出そうとすると、どうしても大きな声になりがちだ。しかし、キッチンからリビングにいる子どもに大声で話しかけても、その内容は届きにくいそうだ。「親は子どもに大声で注意しがちですが、これでは逆に伝わりにくくなります。“遠くから大声”ではなく、子どもに近寄り、部屋のすみっこのような小さなスペースで穏やかな声で話をするほうが届きやすくなります。また、子どものクールダウンになる静かになれる場所を作ってあげることもおすすめです」(野口さん)
このような場所は、身近なもので簡単に作ることができる。ダンボールや衝立(ついたて)、子ども用テントなどを利用してもOK。中に毛布やクッションなど、音を吸収する素材を入れると、より落ち着く空間となる。
「お気に入りのぬいぐるみと一緒もいいでしょう。子どもの行動を観察していると、ふとそうした空間にいることもあるのではないでしょうか。イライラしたり興奮したりして疲れてしまった気持ちを落ち着けているのだと思います。そういう姿に気づいて、子どもに合った形で静かになれる居場所を用意できるとよいですね」(野口さん)
「4歳の息子は、感情的になったとき、テーブルの下に入り込んでしまったことがあったのですが、しばらくして静かになったなと思ったら、鼻歌を歌いながら機嫌よく出てきました。自分でクールダウンしようとしているんだな、と感心しました」(野口さん)
耳の負担を減らすための工夫
音の負担を軽減するためには、耳栓など製品を使った耳をふさぐ工夫も有効だ。野口さんは、音への困り具合やその場の状況により、かなり遮蔽(しゃへい)した方がよいのか、少し低減するくらいで周りの音も聞きたい状況なのかを判断して、自分に合った製品を選択することをすすめる。
<各製品のメリット・デメリット>
- イヤーマフ:ヘッドホンのようなもの。遮蔽効果の個人差が少ない。着脱が容易だが、耳栓よりは大きくて重たい。周りの人としゃべりにくくなる。
- 耳栓:小さくて手軽。装着しても周りにいかにも耳をふさいでいる、という印象は与えづらい。ただし紛失しやすい。耳にフィットしないと違和感が生じ、効果が少なくなる。
- イヤープラグ:ライブなど音楽鑑賞用の耳栓。音量ボリュームを下げるような感覚で、耳への負担が軽減する。メリット、デメリットは耳栓と同様。
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