夫のことが嫌いなんだとわかって
ずっと自分の心に蓋をしてきた。見て見ぬフリをしてきたが、私は夫が嫌いなんだ。ミサコさんはそう思った。それを認めた瞬間、気持ちが楽になったという。「職場の同僚にその話をしたんですよ。彼女は離婚経験者。そうしたら大笑いされた。『今ごろ気づいたの?』って。でも物事、遅いということはない。今からでも、自分の気持ちに正直に生きたらどうかなと。離婚は最終手段として、その前に夫と顔を合わせないよう生活するとか。まずはしばらく離れてみればいいじゃないというんです。それも目から鱗でしたね」
娘に相談し、娘の家に1週間泊まることにしてもらった。そしてミサコさんは勤務先近くのウィークリーマンションへ。
「夫の許可は得ていません。娘の家に1週間泊まるから、自分のことは自分でしてくださいと置き手紙を残しただけ。勤務先から徒歩10分のウィークリーマンションは居心地がよかった。レイトショーの映画を観たり、行ってみたかった寄席にも出かけてみたり。平日夜は、同僚や後輩と食事をすることもあれば、ひとりでデパ地下でちょっと高級なお弁当を買ってみたり。簡単な炊事はできるから家で作ったこともあります。週末はひとりで動物園にも行きました。案外、ひとりでも寂しくないとよくわかった」
娘には逐一報告していたが、夫から娘にはひっきりなしに連絡があったという。夫はミサコさんに直接言えないため、娘に愚痴をこぼしていたようだ。
「『お父さんがお母さんの人権を尊重しなかったら、こういうことになったのよ』と娘が言ったら、『何が人権だ』と怒っていたそうです。『妻は夫のめんどうをみるロボットではありません』って娘は電話を切ったと言っていました。それを聞いていた娘の夫が、娘に拍手を送ってくれたそう」
1週間過ぎたとき、ミサコさんは夫に「帰ろうかどうしようか迷っている」とメッセージを送った。夫は返信してこなかった。
「それで腹が決まりました。離婚届を持って帰ってサインしてテーブルに置いて、賃貸マンションを契約しました。夫が調停の申し立てをしたので、今は調停中です。調停での夫も、相変わらず『妻は妻としてやるべきことがある』なんて言っているので、私の弁護士さんも呆れています」
夫は暴力こそふるわなかったが、いつでも「妻なら当然だろう」と自分の見解だけを押しつけてきた。
「もう疲れたというのが本音です。私は私の人生を生きるだけじゃなくて、夫についてもあらゆる世話を焼かなければいけない。夫の衣食住、すべてめんどうを見るんですよ。ここ数年は自分の親の介護も重なって疲弊しています。自分に正直になってみたら、もうやってらんない、というのが本当の気持ちです」
おそらく離婚に向かうのだろう。
「家庭を壊すことになったら娘に悪いと思ったんです。そうしたら娘が、『夫婦関係が壊れようがどうしようが私には関係ないから』、とニッコリ笑っていました。淡々とした意見でした」
家族の形を大事にしてきたミサコさんだが、ついに気持ちが決壊してしまった。調停を通してお互いの本音を洗いざらい伝え合ったところで、何かが見えてくるかもしれない。