だからといって、家計はラクではない
無気力というわけではないが、勤務先の倒産以来、まったく継続的には働かなくなった夫。長女は大学を出て就職して家を離れた。次女は専門学校に在籍しているが、来春には就職する。寮生活なので同居はしていない。「夫婦ふたりだけの生活になってみると、なんだか夫がうっとうしいんですよ。かわいそうだとは思うけど、今も夫は家事をして、ときどき短期のバイトをするだけ。さすがにもう就職しろとも自分のやりたいことはないのかとも聞けず、見守っているだけです」
リツコさんの父は3年前に亡くなり、今はリツコさん夫婦が実家に戻って母と同居している。88歳の母は元気で、毎日のように老人会だのスポーツジムだのと出かけている。
「夫は母の食事も作ってくれているんです。再婚するとき、『ちょっとあの男はうさんくさいね』と言っていた母ですが(笑)、今は『働かなくていいとリツコが思っているのなら、それでもいいんじゃない? 優しすぎて社会にはなじめない人かもしれないね』と夫の本質を見抜いているみたいです。でも、たぶん夫は、自分が必要とされる役割を買って出ているんだと思う。仕事をしなくても、この家で必要とされるには、母の面倒を見るのがいちばんですから」
リツコさんは悪い意味で言っているわけではないという。夫はそういう生き方しかできなかったのだと考えている。
「ただ、そのために自分が定年後も働いて夫を食べさせていかなければいけない。夫がいなければ私は60歳でやめて、細々と暮らしていかれると思うんです。このところ疲労は抜けないし、ちょっとした睡眠不足で翌日がひどくつらい。かなり体が弱ってきたと実感しているんです。母はノーテンキに『働ける間は働いたほうがいいわよ』と言いますが、業務が今と変わらず収入が半分程度まで落ち込むのは精神的にはキツい。でもそれを夫に相談するわけにもいかず、悶々としているんです」
夫がいてくれて助かったことはたくさんある。だが、自分が果たして夫を「愛している」のかと考えると、とてつもなく「損をした」ようにしか思えないのだという。次女が産まれてから、夫を男として見られなくなった。夫も「自分は無性なのかもしれない」と言ったことがある。性別を意識することがなく、恋愛感情や性欲もほとんどないらしい。40歳前後ではそのことで揉めたりケンカしたりもした。だがたいてい、夫が拗ねて涙目になるのでリツコさんは面倒になって話を切り上げてしまった。
「お互いに理解しあってここまで一緒に歩いてきた気がしないんですよね。これからの20年以上、心身ともに老いていく中で、この人とずっと一緒にいるのかと考えると、どうもすっきりしなくて……」
退職の件も、今後の夫婦関係も、考えても結論が出ない。それでも早く決めなければならないとリツコさんは焦燥感をのぞかせた。