残業時間は管理するようになった一方で、残業する社員を高く評価するスタイルはそのままにはしていないか
やれることはすべてやり帰宅した、ローカル社員を叱責した日本人
日本人は、まじめで勤勉、業務を終わらせるために長時間労働をする、と世界的に知られてきた。人手が足りなくて仕事が回らなくても、責任感の強さから自らの残業時間を増やしてでも仕事をやり遂げ、成果を出そうとする社員は、日本企業には特に多いのではないか。実際ハードワークで責任感が強い社員に対する評価が高いという現実は、どこの職場でもある程度はありそうだ。一方、日本企業の社員が海外駐在になると、直面する現実がある。それは、現地のローカル社員と日本人社員の就労観の違いである。「ハードワークで責任感が強い」ことが必ずしも世界共通の人物評価軸になるとは限らない。
アジアに進出し工場経営をする現場で実際に起きた出来事を紹介しよう。終業時間の1時間前になって、製造ラインでトラブルが起きた。工場長の日本人社員は顧客を訪問していて不在、責任者であるローカル社員が部下と一緒にトラブルに対応した。夕方になって、終業時間を30分ほど過ぎた頃に工場長が帰社したところ、ラインの責任者であるローカル社員だけでなく、その他の担当エンジニアやスタッフまで、既に退社していた。
工場長の日本人社員は激高した。トラブル対応に関する対応については、既に電話で責任者のローカル社員から聞いていたが、詳細の報告を聞けなかった、またそのトラブル対応へのディスカッションをその日のうちにしておきたかったからだ。終業時間は過ぎていたが工場長は納得がいかず、ローカル社員を会社に呼び戻そうと何度も電話した。結局折り返しの連絡はなく、工場長は別のラインを担当する日本人社員を呼んで、担当外の仕事ではあるが、遅い時間になるまでトラブル対応について話し合ったという。
なぜ工場長は大切なローカル社員を失ったのか
翌日朝、ローカル社員を早朝から工場長は待ち受け、開口一番でなぜ昨日のうちに詳細の報告を入れなかったのか、なぜ自分の帰社を待っていなかったのかと問い詰めた。ローカル社員は、その日にできる対応は他のスタッフと相談してすべて終えた。その結果、ほぼ全員が終業時間通りに帰社した。終業後に妻や子どもの送迎をしなければいけない者も多く、またその日中にできるトラブル対応はすべて終えていること、その内容の報告は、一度工場長の携帯に電話したが出なかったので、昨夜のうちに帰宅後にメールで一報を入れておいたことなどを説明した。工場長は翌日朝に出社後、まだメールを見ていない状態でローカル社員に詰め寄っていた。
今回の出来事を機会に、工場長はこのローカル社員に対する信頼を失い、ハードワークと責任感に欠如のある社員だという評価をした。社歴の長いローカル社員で、社内評価がとても高い人物であったにもかかわらずのことである。その後、自分の評価が下がったことを自覚したローカル社員本人だけでなく、他部署のローカル社員の退職も続いた。退職理由に、「上司による不当な人物評価があった」という言葉を残していった。
ハードワークで責任感が強ければ仕事ができるのか?
日本と海外の就労観や働き方、性格の違いという見方もあるかもしれない。一方、工場長の評価基準に違和感を持つ人もいるのではないか。おそらく若い世代であればあるほど、この人物評価は問題ありと感じているはずだ。一昔前、中高年世代がまだ若手と言われた1980~1990年代には、長時間労働をいとわない“モーレツ社員”は確かに多かった。「先輩社員は皆モーレツ社員だった」と記憶している中高年世代もいることだろう。
ただ、そのようなモーレツ社員の中には、最終的に心身のバランスを崩す人も少なくなかった。ハードワークで責任感が強いことが自らの成長を促すこともあるが、それが最優先の人物評価になってしまうことには、多くの社員が違和感を持っていたはずだ。
ハードワークで責任感が強い社員、なかでも特に立場の弱い者、若手や女性、非正規社員などの行動特性につけ込むこともある。待遇改善や職場環境の改善に取り組まず、社員から不当な搾取を繰り返す悪質な経営者や幹部社員のいるブラック企業もあった。全体的にこのようなブラック気質は多くの会社で普通に見られたともいえるかもしれない。
ホワイト化する職場における人物評価軸は、今後どうなる?
今の時代、企業が社員の待遇や職場の環境改善を進めるという意味で、職場のホワイト化に取り組む企業が増えているが、その過程で人物評価についても同時に見直して改善を進めている会社が多い。社員は自らの社内評価を高めることで待遇改善を獲得できることから、今後どのような行動特性や勤務態度、経験やスキル、実績などを持った人物が社内で評価されるかということに敏感になっている。成果主義が話題になって久しい。成果主義による待遇改善は、自社の組織文化に馴染まないとして避けている会社も少なくないが、ではそれで社員の待遇改善は進んだのか。据え置きになっている職場も多いのではないか。
ホワイトな職場を実現するには、人物評価の透明化は外せないだろう。会社への貢献度をどう図るか、その項目に「ハードワーク」「責任感の強さ」はもういらないのではないだろうか。それよりも、「仕事の達成度」や「会社への貢献度」を最重要視できるように、それらを公平に数値化する方法を模索してはどうだろうか。さらに、評価者の眼を複数にするために「360度評価」を取り入れて、特定の上司の先入観・偏見が強く人物評価に反映しないような制度を設計するのも一つの手だろう。
人物評価には価値観や社会性、自己体験などさまざまな要素が働く。職場のホワイト化のために、人物評価のホワイト化を一気に進めていきたいものである。