「あんた、私のことをみっともないと思ってるんでしょ?と姉が言うんです。みっともないとはさすがに思わないけど、年に似合わず派手な女だと思ってると正直に答えたら、姉は笑っていました。年齢相応なんてくそくらえよ、と。私は知らなかったんですが、5年前、学生時代からの親友が急死したそうです。
彼女は人生を楽しんでいなかった。仕事が休みの日でも地味な服を着て、『一度でいいから茶髪にしてみたい』『派手なネイルをしてみたい』と希望ばかりつぶやいていた。職場はそれほど厳しくないというから、だったら茶髪くらい、やってみればいいじゃないと言ったら『周りが何と思うか』を気にしていたそう。そんな親友とのやりとりを思い出して、姉は自分もできるうちにできることをやっておこうと考えたんですって。それが意外と職場の後輩たちに好評だった。誰にも若作りなんて言われてない、と」
私に嫉妬しているようにしか思えないと姉に言われ、アキコさんは図星だと思い至った。自分の好みを取り入れていく自由さ、周りの目を気にしないミナコさんの強さを、アキコさんは「いい年して」という言葉で見下そうとしていたのだ。自分にはできないことだから悔しかったのかもしれない。
「誰にも何も言われないように生きていくのが姉の価値観だと思っていたんですが、姉はそこから脱皮していった。私は年とともに、姉とは逆に保守的になっていった。子どもがいるとどうしても受け身になると言い訳をしながら生きていた。そんな気がしました」
たとえ若作りと言われようが、本人が好きで納得しているなら、どんな外見であろうが構わないはずだ。まして姉は会社員として、社の規定からはずれるようなことはしていない。すべてが許容範囲である。
「姉は40代になってから5キロのダイエットにも成功した。だからそれまで避けていたファッションにもチャレンジできるようになった。今はジムにも通っている。努力しながら人生を楽しむこともいけないのかと詰め寄られました」
すべてがアキコさんにはできないことだった。そのとき彼女は気づいた。結婚して自由がなくなり、家庭に縛られていると感じていることを。
「おねえちゃんには家庭のストレスがないからね、好きなことができるよね」とアキコさんは皮肉っぽく言った。
「家庭のストレスがない代わりに、ひとりきりで生きている孤独があるわよ」
姉はさらりとそう言った。あ、とアキコさんは姉の顔を見た。うっとうしいと思うこともあるが、アキコさんは家族に囲まれた生活を愛している。姉にはそれがないのだ、と。
「それぞれ自分が選んだ人生なんですよね。どちらを羨ましがっても意味がない。私は私、姉は姉。そう思うようになったら、姉のファッションも気にならなくなりました」
どうせひとりで気楽に生きているのだからと、なんとなく姉との交流を避けていたアキコさんだが、最近は少しだけやりとりが頻繁になったという。
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