何が妻をそうさせたのか
もちろん、妻の言い分は正しいのだ。あとから来た子が激痛で苦しんでいるなら、もちろん譲る気持ちはあるだろう。だが何も言わずに自分の子をあと回しにされるのはおかしいのではないか。そう思ったに違いない。「だけど、物は言いようなんですよね。言われた人が傷ついてしまったら言った意味がなくなる。あとから妻に聞いたら、『あなた、そんなことも伝えられないなら、受付の仕事なんかやめなさい』と怒鳴ったらしいんです。妻にそんなこと言う権利はないし、言われた人がどう思うのかも想像していない。でも妻は自分が間違っているとは思っていない。どうしたらいいんだろうと僕も考え込みました」
ところがそれは妻の日常の一端だった。他の人に聞いたり、子どもに探りを入れたりしてみると、妻はあちこちで「やらかして」いた。子どもの友だちの母親たちが別の母親の噂話をしているとき、「くだらないこと言ってるあなたたちのほうがバカみたい」と切り捨てたらしい。それもまた、“正論”ではあるのだ。だが、そんなふうに言われた相手は傷つくだろうし、言った妻を恨むだろう。そういう配慮が足りないとタクトさんは感じた。
「妻はもともとやさしいタイプなんですよ。家では暴言を吐いたこともないし、子どもたちにキツイ言葉をぶつけているのも見たことがない。でも外ではそうやって自分が思ったことを怒りに任せて吐き出してしまうみたいなんです。何か僕や家庭への不満があるのではないかと思ったので、妻に聞いてみたんです。そうしたら妻は『私は間違ったことが許せないだけ。ストレートに言ったほうが伝わると思う』と。細かく話を聞いていくと、とにかくカッとなると黙っていられないみたいだし、オブラートに包んだ言い方は意味がないと考えているんですよね」
パート仲間とはどうやって付き合っているのかと尋ねると、「別に付き合ってないもの。職場は仕事だけすればいい場所でしょ」と。それはそうだけど、とタクトさんは言葉を継ぐことができなかったという。
「ある意味では裸の王様みたいになっているんじゃないかと不安になりました。そういう人間だと思っていなかった自分の甘さも痛感しましたね。きっと妻はどこでも明るく優しくふるまっているに違いないと無意識に決めつけていた。でもそれは、僕自身がそうあってほしいと感じているだけだったのかもしれない」
タクトさんは、自分が実際目にしていない事柄ばかりなので、正しい評価を妻に下せずにいる。妻には妻の言い分もあるだろうとも考えている。だが、どうやら妻があちこちでキレているのは確かなのだから、カウンセラーの手も借りながらなんとかしなければと思うと真摯な表情で語った。