松原千明さんが見せた深い愛
女優・松原千明さん(享年64歳)の訃報を聞き、なんともいえない切ない気持ちになった。元夫である石田純一さんの不倫が発覚した当時、松原さんに以前から予定されていたインタビューをしたことがある。松原さんは明るい笑顔だった。夫の不倫がわかってメディアが集まった際、彼女は苦笑しながら「役者の女房ですから」と切り抜けた。父は時代劇俳優の原健策、母は宝塚歌劇団の卒業生という芸能一家に生まれ育ち、役者の女房として苦労する母を見ながら育った人だからこその、とっさの一言だったのかもしれない。 あんなふうに言うのは苦しかったのではないかと問うと、彼女は「いえ、そういうものだと思っていますから」と爽やかに言った。
華やかな人ではあったが、感覚的には「ごく普通で、なおかつさっぱりしていた」から、一度でも一緒に仕事をしたらファンになってしまう人が多かったと感じている。
その後の報道を見ると、彼女は愛情豊かな人だったことがわかる。子どもを愛し、別れた石田さんにも「彼もかわいそうだった」と深い愛を見せている。おおらかで愛情たっぷりの女性ほど、もしかしたら人一倍、孤独を感じやすいのかもしれない。
彼女の訃報を聞いて、ダイアナ妃やマリリン・モンローを思い出した。愛情豊かな人の中には、自分の孤独を埋めるように人を愛するケースもあれば、愛を分け与えることで孤独になっていくケースもあるのかもしれない。本当はひとりぼっちではないし、ひとりであることと孤独感にさいなまれることはまた別の話だ。ただ、いったん「孤独の渦」に巻き込まれるとなかなか這い上がれないもの。そうなる前に、自分で自分を救う術をもっていたほうがいいのかもしれない。
孤独感からどうやって脱出するか?
「私も一時期、あまりにも寂しくて、寂しさから自分はひとりぼっちだと思い込み、もういなくなってもいいんじゃないかと悩んだ日々があります」そういうのは、松原さんと同世代のユカリさん(62歳)だ。まだ「高齢者」とはいえないが、更年期と高齢期の狭間のこの時期も、案外、心が乱れるものなのかもしれない。いわゆる「諦めがつかない」年代だ。
30歳のときに結婚したものの、夫との間に子どもができなかったユカリさん。それでも仲のいい夫と保護猫との穏やかで楽しい“3人暮らし”を続けていた。
「共働きで、お互いに仕事の愚痴を言い合ったり、休日を合わせてあちこち旅行したり。『子どもがいなくて気楽でいいね』と友人たちに言われたこともあります。子どもって、いても苦労、いなくても苦労だと思うのですが、子育て真っ最中の人からみると、うちはお気楽に見えたんでしょうね」
無条件に心を許し、わかりあえるのは夫だけ。そう思いながら生きてきた。ところが40代後半のとき、夫ががんを患う。ふたりで力を合わせてがんを克服、5年後までに再発もなかった。
50代で訪れた「熟年離婚」の衝撃
「その直後ですよ、夫から離婚を言い出されたのは。『実はがんになる前からつきあっている人がいる。生き残ったら一緒になる約束をした』って。あまりのショックで、その前後の記憶がないんですが、離婚が成立したのが5年前。そのときはまだ自分も若いし、また新たな出会いもあるかもしれないと希望を見いだそうとしていました。でも60歳で定年になったとたん、すべての希望がなくなって……」嘱託として仕事はしているし、家のローンは完済している。夫から慰謝料ももらった。経済的にはなんとか暮らしていけるとは思っているそう。だが、ひとりでの暮らしがさびしくてたまらない。
「ここ数年で両親も亡くなりました。弟がいますが、両親亡きあと、ろくに財産もないのに遺産を相続させろと大騒ぎをして。両親は借家暮らしだったし、むしろ私が援助していたくらいなんです。最後は母の病気で、親の貯金も使い果たしていました。弟は何も知らないから、もっと貯金があるだろうって。そんなこんなで弟とは絶縁状態になったんです」
この年代は親の介護や親の死、ときにはきょうだいや友人の死など、人の死に直面することも多くなる。それによって自分の年齢も痛感させられ、孤独感が深まっていくのかもしれない。
「自分がどんな死に方をするのかわからないけど、少しでも動けるうちに死んでしまったほうが楽かもしれないと何度も思いました。私がいなくなって困る人もいないわけだし」
そんなとき、高校時代の同級生数人に会った。みんな子どもが成長し、孫がいる人もいる。誰もが孤独とは無縁に見えた。こんな場に来なければよかった、と後悔していると、ひとりが口を開いた。
「子どもふたりに孫もいるけど、結局は別世帯。夫が亡くなってひとり暮らしになった今、つくづく人間って孤独なものなんだと思う」
その言葉にユカリさんはハッとした。孤独なのは自分だけではないんだ、と。家族がいても孤独と無縁ではいられないのかもしれない。
「どうせならやりたかったことをもう一度、やってみよう。少しずつそう思うようになりました。今は地域の書道教室と市民プールに通っています。友だちもできて、帰りにお茶したりしていますが、あまり深くは関わらないようにしています。適度なつきあいで満足するようにしているんです」
一方で子どものためのボランティアも始めた。近くの子ども食堂に毎回出向き、料理を作ったり子どもの勉強を見てあげたりしているのだ。
「子どもがいなかった私が、こうやって子どもと関われるのは本当にありがたいことです。お母さんたちの愚痴の聞き役になったりもして。自分にもできることがあるのがうれしいですね」
保護猫活動のボランティアも始め、以前より多忙になっているようだ。
「愛情を注ぐことが依存や支配につながるのはよくないと思うんです。だから何でもほどほどに、が私のやり方かもしれません。それで孤独感から逃れられたわけじゃないですよ、どこまでいっても孤独はついてくる。だけど紛らわせながら生きていけばいいのかもしれない。今はそう思っています」
この先、病気をしたり完全に仕事を辞めたりしたら、またさらに深い孤独感にさいなまれるのはわかっていると彼女は言う。覚悟はできているが、きっと右往左往するだろう。でも、そうやって予測さえしておけばいいと思っていると最後は素敵な笑顔を見せてくれた。