体力測定はなぜ「ソフトボール投げ」なのか?
文部科学省が定める「新体力テスト」は、年代別に種目や評価基準が異なっています。全年代に共通する種目は3種目です。・握力
・上体起こし
・長座体前屈
65歳以上の高齢世代のみに行われるものとして、
・開眼片足立ち
・10メートル障害物歩行
・6分間歩行
そして、10代だけが行うテストとして次の3項目があります。
・ソフトボール投げ(6~11歳)
・ハンドボール投げ(12~19歳)
・50メートル走
日常生活において急いでいる時など「走る」場面は多くあります。また、安全の確保や危険を回避する上でも走る能力は役立つことがあるでしょう。
他方、「ソフトボール投げ」や「ハンドボール投げ」は何のために行うのか?という疑問をもつ子どももいるようです。 特に、小学生が行う「ソフトボール投げ」の場合、野球やソフトボール経験者が断然有利であり、そのような思いを持つ子どもが多いようです。
体力テストにはなぜ「ソフトボール投げ」が存在するのか、そのナゾを解説したいと思います。
>小学生の体力は前回調査より大幅に低下
「ソフトボール投げ」の測定ルールは細かい
ソフトボール投げテストは、単に遠くに投げればいいわけではなく、細かいルールが決められています。投げる場所として、ということが決められており、ボールは中心角30度内に落下させなければなりません。平坦な地面上に直径2mの円を描き、円の中心から投球方向に向かって、中心角30度になるように直線を図のように2本引き、その間に同心円弧を1m間隔に描く
出典:新体力テスト実施要項(6~11歳)p.10(スポーツ庁)
要するに、遠くに飛ばせたとしても、方向がズレて枠を超えたら「記録なし」となります。また、投げる前も投げ終わった後も、直径2メートルの円から出てはいけないだけでなく、線を踏んでもいけません。そして、投げ終わった後は静止して円外に出ることとされています。
男子では40メートル以上、女子では25メートル以上が10点満点とされています。逆に男子で4メートル以下、女子で3メートル以下は最低点(1点)の評価となり、距離に応じて得点が決められています。
「ソフトボール投げ」は何の能力を評価している?
文部科学省(2018)は、ソフトボール投げの運動能力評価は「投球能力」の評価であり、さらに体力評価として「巧緻性」と「瞬発力」を測定する項目であるとしています。具体的には、「運動を調整する能力」と「すばやく動き出す能力」であり、タイミングの良さや力強さをソフトボール投げで測るものとしています。
しかし、ボールの握り方や肘や肩の角度、脚の踏み出しなど、ボールを遠くに正確に投げるためには、多くの要素が絡み合っています。
筆者が大学で野球やソフトボールを教えるなかで、投球がうまくいかない最も初歩的なエラーとして、そもそもボールの握り方が適切でないことがとても多く見られます。ボールの握り方を調整するだけで、スピードガン(投球のスピード測定器)の数値が上がることもしばしば見られます。
小学校の体力測定で、唯一、道具を用いるのがソフトボール投げです。真に「巧緻性」の評価をするならば、測定フィールドの規定だけでなく、少なくとも「ボールの握り方」など子どもの条件を一定に整えた上での評価が必要ではないかと思います。
「ソフトボール投げ」はいつから始まった?
歴史についても触れておきましょう。「ソフトボール投げ」は、1965(昭和40)年から始まった「体力・運動能力調査」のためのテストのひとつとして用いられました。1961(昭和36)年に制定された「スポーツ振興法(※現「スポーツ基本法」)」の第二十二条(スポーツ行事の実施及び奨励)において、とされたことがきっかけで、「スポーツテスト」が開始されるようになったのです。地方公共団体は、広く住民が自主的かつ積極的に参加できるような運動会、競技会、体力テスト、スポーツ教室等のスポーツ行事を実施するよう努めるとともに、地域スポーツクラブその他の者がこれらの行事を実施するよう奨励に努めなければならない
出典:「スポーツ基本法」二十二条(スポーツ庁)
その後、「小学校スポーツテスト」、「小学校低・中学年運動能力テスト」、「新体力テスト」等、名称は変化していきますが「ソフトボール投げ」はいつの時代にも行われてきました。
「ソフトボール投げ」のルーツは戦中!?
国民の体力向上を図るため、1939(昭和14)年に厚生省(当時)は現在の体力測定にあたる「体力章検定」を開始しました。このテストは、第二次世界大戦終戦とともに廃止されましたが、数え年15~25歳の男子を対象として、「100メートル(短距離走)」、「2000メートル(長距離走)」、「走り幅跳び」、「懸垂」など、現代においても行われているような内容とともに、「手榴弾投げ」と「運搬50メートル」の能力が計測されていました。現代の新体力テストには、「運搬50メートル」を引き継ぐようなテストはありませんが、「手榴弾投げ」にあたるのが、ソフトボール投げであるといえるでしょう。ちなみに、今日、自衛隊の隊員たちが行っている体力検定には「運搬50メートル」に相当する「重量物運搬」や「ソフトボール投げ」も行われています。
なお、1943(昭和18)年には「女子体力章検定」が、数え年15歳より21歳、22歳以上は希望者を対象として始まりました。男子の手榴弾投げに相当するのが「短棒投」テストで、長さ30センチ、直径3.5~4センチ、重さ290~310グラム程度の円筒形の木製短棒を線の手前から片手で投げる、というテストでした。
>小学生の体力は前回調査より大幅に低下
<参考文献>
・スポーツ庁(2018)平成30年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査報告書
・スポーツ庁(2021)令和3年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査報告書
・遊戯・スポーツ文化研究所(体力章検定 徽章)※2022年11月10日確認
・遊戯・スポーツ文化研究所(女子体力検定章 徽章)※2022年11月10日確認