常に生活の真ん中に宗教があった
「私の最初の記憶って、家の中に人がたくさんいてみんなでお祈りをしている図なんです」ヨシエさん(40歳)はそう言う。実は彼女の上にはふたりの子がいたが、ひとりは死産、ひとりは生後1週間で亡くなったのだという。それをきっかけに母が某宗教に入信、ヨシエさんを妊娠したとき、母の勧めで父も入信した。
「私はなんとか無事に育ったので、両親はその宗教は御利益があると思ったんでしょうね。物心ついたときには生活の真ん中に宗教がありました」
学校の行事も、宗教の大きなイベントと日程が重なると休まされることがあった。家にはその宗教を象徴する物がたくさん飾られていたし、日曜日には必ず集会に行った。
「なんだか他の家と違うと思ったのは小学校中学年くらい。友だちの家に遊びに行ったら、そういう宗教的な物は置いてないし、親とのやりとりも違う。うちは私が少しでも口答えすると『そういう言葉は許されない。地獄に堕ちる』と言われてしまう。地獄って子どもには本当に怖く感じる言い方なんですよ」
何がおかしいのかわからない。だが、確実に何かがおかしい。それだけはわかっていた。
「学校の勉強なんかしなくていいから祈れというんです。テレビもほとんど見せてもらえなかったし、その宗教の勉強もさせられた」
親はけっこうな額の献金もしていたのではないかと彼女は言う。父親は工場で働く優秀な職人、母はパートで働いていた。それほど収入が低いわけではないはずだが、彼女は年に1回くらいしか新しい服を買ってもらえなかった。
「私たちはみんな○○様のおかげで生きていけるんだ、というのが両親の口癖でした。一度、親戚が私の古い洋服を見て、親に意見してくれたことがあったんですが、両親はその親戚とは二度と交流をもたなかった。中学生になると、そういうこともわかってきましたね」
親はその宗教の幹部に近い存在だったようだ。だが、ヨシエさんは時間がもったいないと思うようになっていった。友だちにはいっさい話していなかったから、学校生活は楽しかった。もっと部活動をしたい、友だちと遊びたい。そう思っていた。
18歳で家を飛び出した
県内でも上位の公立高校に通うようになり、彼女は部活動に勉強にと楽しく過ごしていた。一方で週末には宗教関係のイベントに参加させられることも増えた。高校生くらいになると自分の意志でその宗教から離れていく人も多いのか、よりイベント等の参加要請が厳しくなるらしい。「私にも『友人・知人に宗教を広めなさい』と言われていました。それがたくさんできると徳を積めるらしいです。そんなこと友だちにできるわけがない。両親とも口論が増えていきました。私はいったん宗教から離れて自分の生き方を考えたいと言ったんですが、両親からひどく怒られました」
教義に疑問があったわけではない。むしろ教義そのものを受け入れたくない気持ちが強くなっていったのだ。宗教から離れたい。縛られたくない。そもそも人の言動を縛るのが宗教なのだろうか……。
「希望の大学に受かったので、今がチャンスだと思いました。疎遠になっていた親戚を頼ってアパートを借りてもらいました。私はお年玉も取り上げられていたので、お金がなかった。おそらく親が献金していたんでしょうね。親戚にお金を借りました。あなたが抜けるならいくらでも支援するという親戚がけっこういたのがおかしかった」
置き手紙をして家を飛び出した。アパートの住所は書いていかなかった。それから15年、彼女は親といっさい連絡をとらなかったという。
「親も探そうとはしなかった。おそらく親戚が束になって止めてくれたんだと思います。大学を卒業して仕事について。心のどこかで、こんなことをしたら地獄に堕ちるかもしれないとビクビクすることも多々あったけど、地獄に堕ちるなら死んでからでしょ。そんな先のことは知らないわと開き直れるようにもなりました」
33歳のときに知り合った彼と2年つきあったあと、ようやく宗教のことを告白したことがある。自分はもう信じていないけど、2世としてつらかったとも言った。
「彼は、『もう信じていないというけど、ときどき変だなと思うことがある』と指摘してくれました。私がすぐ『それは運命だから受け入れなくちゃ』と言う、と。子どものころからの洗脳はなかなか解けないものですね」
その後、彼女は35歳のときに彼と結婚。一応、親戚を通して親とコンタクトをとった。結婚したのを聞いて「一度、ふたりで来たら? 新しいご本が届いたから、彼にも読んでもらって」と母が言っていると耳にし、直接、連絡をとるのはやめた。
最近のニュースで宗教2世のことが話題になるたび、ヨシエさんはなぜか体が硬直するという。正式に脱退できているのかどうかはわからないが、今、彼女はその宗教とは関わっていない。それでも自分の心の中にその教えがあるとしたら、来春、生まれてくる子どもに悪影響を及ぼしてしまうのではないか。そんな恐怖感も抱いている。
「親が信じていた宗教から、私がどの程度影響を受けているのかがわからないんです。一般的にはどう考えるものなのか、その基準が私の中にないから。それはいちいち夫に教えてもらうしかない。私という人間が自分の意志で生きているのかどうかもあやふやな気がしますね」
心は揺れる。それでも新しい命が生まれてくるのだから、「まっさらな心に親が変な色の絵を塗らないようにしたい」とヨシエさんは強い口調で言った。