アミロイドーシスとは……異常なタンパク質・アミロイドによる病気の総称
アミロイドーシスは、アルツハイマー病や全身性アミロイドーシスなどのさまざまな病気の総称です
多くのタンパク質は、水に溶ける状態で体内に存在していますが、遺伝子変異によって健常な人とは違う構造のタンパク質ができてしまったり、何らかの理由で過剰に産生あるいは蓄積されたりすると、体内に沈着することがあります。特に、「アミロイド」と呼ばれる水に溶けない繊維状の異常なタンパク質が体の臓器に溜まることで、さまざまな機能障害を生じることがあります。それらの病気の総称が、「アミロイドーシス」です。
ちなみに、「アミロイド」という名称は、体内に蓄積するこの異常な物質の実体が不明だった時代に、「デンプンに似ている」と誤解されたことに由来しています。
多くの方が、小学校の理科の時間に、ジャガイモの切り口にヨウ素液を滴下すると青紫色になるという「ヨウ素デンプン反応」を実験したことがあるでしょう。その原理を簡潔に説明すると、実験に用いられるヨウ素溶液は、正確には「ヨウ素ヨウ化カリウム水溶液」で、通常は茶褐色をしていますが、デンプンが存在するとヨウ素分子がデンプンのらせん構造にぴったりはまり込んで色調が変わり、デンプンが青紫色に染まって見えるのです。特定の患者さんの体内に沈着した繊維状の物質も同じような反応を示したので、当初はそれが「デンプンのような物質」からできていると推定され、デンプンを意味するラテン語の「amylum」に因んで、amyloid(アミロイド)と呼ばれることになったというわけです。その後の研究で、実体はデンプンとは全く違うタンパク質であることが明らかになりましたが、混乱を避けるため、当初の呼び方がそのまま残りました。
アミロイドの沈着が関与するアルツハイマー病、全身性アミロイドーシスなど
アミロイドーシスのうち、ある特定の臓器にアミロイドが沈着することで障害が起こるものは「限局性アミロイドーシス」と呼ばれます。その代表例がアルツハイマー病です。詳しくは「認知症の原因となる神経変性疾患…アルツハイマー病とは」で解説しましたが、アミロイドβと呼ばれる特殊なタンパク質が脳内に蓄積することで、進行性に神経細胞の変性・脱落を生じて、認知症を引き起こします。一方、アミロイドーシスのうち、全身の様々な臓器にアミロイドが沈着して全身に障害が起こるのが「全身性アミロイドーシス」です。今回は、多くの方にとってあまり馴染みない、この病気の特徴や症状、治療法などについて、わかりやすく解説します。
全身性アミロイドーシスは高齢の男性に多い……発症のリスク因子は加齢
近年の高齢化に伴い、全身性アミロイドーシスを発症する方は増加傾向にあります。生まれつきの遺伝的異常があったとしても、すぐに発症することはなく、アミロイドタンパク質が時間をかけて徐々に体内に溜まってから障害をきたします。つまり、ある程度の年齢に達したときに発症する仕組みになっているという点で、加齢が発症のリスク因子になるのです。また、まだ理由は明らかになっていませんが、男性の方がかかりやすいようです。一部のケースでは、男性ホルモンが関係している可能性が考えられています。
さらに、遺伝性と非遺伝性のケースがあります。遺伝性の全身性アミロイドーシスの代表的なものは、家族性アミロイドポリニューロパチー (FAP, 遺伝性トランスサイレチンアミロイドーシス)です。トランスサイレチンというタンパク質の遺伝子異常が親から子へと伝えられるため、この患者さんは生まれたときから将来発症する運命にあります。一方、全身性アミロイドーシスのうち、比較的患者数の多い「免疫グロブリン性アミロイドーシス(ALアミロイドーシス)」や「老人性全身性アミロイドーシス(野生型トランスサイレチンアミロイドーシス:SSA)」などは、遺伝以外の要因で生じる全身性アミロイドーシスです。
全身性アミロイドーシスの症状は複雑……初期症状からの判明は困難
全身性アミロイドーシスの症状は、患者さんによって様々です。原因がいろいろあるうえに、全身のあらゆる臓器に障害が発生しうる病気だからです。心臓の機能に障害が起こって心不全や不整脈が生じることもありますし、腎臓の障害によって腎不全になることもあります。末梢神経の障害により手足の麻痺が生じたり、自律神経の障害により下痢や排尿困難などが生じることもあります。そのため、異常を感じて病院を受診したとしても、すぐに全身性アミロイドーシスであると分かることは稀です。たとえば、当初心臓がおかしいと感じれば循環器内科などを受診し、手足のしびれがあるようであれば神経内科を受診するなど、それぞれ該当する専門領域の診療科を訪ねることになります。自覚症状を改善するための薬が処方され、経過を観察することがほとんどでしょう。
しかし、全身性アミロイドーシスであれば、通院を繰り返して検査が進むにつれ、特定の臓器の障害ではないことが判明します。たとえば、当初訴えていた手足のしびれに加えて、不整脈や心不全が加わり、検尿の結果タンパク尿が認められたりした場合、原因不明の多臓器障害が生じているとみなされ、そこでやっと全身性アミロイドーシスを疑うことができるようになります。
全身性アミロイドーシスの根本的治療法は肝移植
上述したように、家族性アミロイドポリニューロパチーは、トランスサイレチンというタンパク質の遺伝子変異が親から子へ受け継がれることで発症します。トランスサイレチンは主に肝臓で作られますが、遺伝子異常により生み出される変異型のトランスサイレチンは壊れやすく、壊れた塊がアミロイドとして全身の神経や内臓に沈着することで、神経や内臓に障害が起こります。ということは、初期の段階で、変異型のトランスサイレチンを作っている患者の「肝臓」を摘出し、別の人(ドナー)の正常な肝臓を移植することが、一つの根本的治療法になります。肝移植による家族性アミロイドポリニューロパチーの治療は、20年以上の実績があり、一定の成果がでているようですが、日本では脳死ドナーの数が不足しており、受けたくても受けられない患者さんがいるのが現状です。そのため、「部分生体肝移植」が選択されることもあります。つまり、患者さんの肝臓をすべて摘出した後に、家族の肝臓を半分だけ移植するのです。肝臓は大きさが半分ほどになったとしても、2~3か月で元の大きさに戻るという特性があるので、患者さんの体内に移された半分の肝臓も、ご家族の体内に残された半分の肝臓も、およそ倍になって元の大きさになりえます。
ただし、こうした肝臓の移植による治療は、病気の初期に限られます。まだ全身に障害が及んでいない初期であれば、変異型トランスサイレチンを生み出す肝臓を取り除いてしまえば、新たなアミロイドの沈着を防ぐことにつながりますが、病気が進行してから肝臓を取り除いても、すでに全身に沈着してしまったたくさんのアミロイドを無くすことはできないからです。
全身性アミロイドーシスの薬による治療法
家族性アミロイドポリニューロパチーに対しては、「タファミジスメグルミン(販売名:ビンダケルカプセル20mg)」または「タファミジス(販売名:ビンマックカプセル61mg)」という飲み薬による治療も可能になっています。アメリカ・スクリプス研究所のJeffery W. Kellyの研究室では、1990年代からトランスサイレチンのアミロイド形成を阻害する化合物を探し出す研究を開始し、構造活性に基づいたドラッグデザインからタファミジスを見出しました。KellyらはFoldRx社を設立して開発を進めましたが、その後FoldRx社は、製薬大手のファイザー社に吸収合併され、その後の開発はファイザー社が行うこととなりました。 2011年にヨーロッパで家族性アミロイドポリニューロパチーの治療薬として初めて認められたものの、アメリカではデータ不十分として2012年に申請が認めらなかったため、さらなる臨床データを追加して2019年3月に認可されました。日本では、2013年に承認されました。
上で紹介した2つの薬剤は基本的に同じ成分で同じ効能とみなしてかまいません。ビンダケルカプセルの方が先行発売されましたが、長径がおよそ2センチくらいの大きなカプセルを一回に4つも飲まなければならないという難点があったため、1カプセルで同等の効果が得られるように改良されたのが、ビンマックカプセルです。
とくに、心臓にアミロイドが沈着する「心アミロイドーシス」の場合は、心臓移植の対象と認められていないため、薬による治療の道が開けたのは大きな進歩でしょう。
その他、遺伝子治療や免疫療法の研究も進んでいます。
全身性アミロイドーシスの予防は困難……早期発見が重要
もし全身性アミロイドーシスにかかってしまったら……と心配になってしまう方も多いかもしれませんが、残念ながら全身性アミロイドーシスの決定的な予防法はありませんので、早期発見・早期治療が重要です。逆に言えば、難病ではあるものの、アミロイドが沈着することで起きる病気であるということははっきり分かっているため、治療も可能です。どのような病気にも言えることですが、おかしいなと感じる自覚症状がある場合は、自己判断で様子見をせず、手遅れにならないうちに早めに専門家に診てもらうことが大切です。