「キャンプブーム」は世界的な必然?
ご存じのとおり、中国はコロナ感染拡大を徹底的に抑え込むいわゆる「ゼロコロナ」政策をとり続けています。厳しい政策が原因で、いつどこかで突然ロックダウンが始まるか分からず、旅行先で隔離されるリスクがあるため、旅行業界は不景気です。中国旅行研究院が公開したQ1のデータを見ると、旅行者数と旅行消費金額が減少し、例えば、春節休み期間の売上は2019年(コロナ前)の56.3%に留まっています。こういった背景で、コロナ時期に「近場×少人数×大自然」の旅行形式が流行るのはいわば当然かもしれません。実際に、「キャンプ旅行」は非常に注目され、中国のゴールデンウイーク(2022年4月29日~5月8日)中、中国最大手のオンライン旅行予約サイト「携程(Ctrip)」がリリースしたレポートでは、「キャンプ」というキーワード検索数はCtripの歴史上トップの数値になりました。特に広東省はその傾向が顕著でした。「キャンプ旅行」関連のグランピングスポットや宿泊施設の予約数は清明節(4月5日前後の三連休)より153%増加しました。
同じ時期、中国版インスタグラム「Red」で、「キャンプ」の検索回数は2021年同時期に比べて746%に増加しました。現在、Redで「キャンプ旅行」に関する投稿は418万以上になり、従来人気だったスキンケア商品の関連投稿の414万本を超え、断然トップになりました。また、iiMedia Researchの「2022—2025年中国露营经济发展前景与商业布局分析报告」(2022-2025中国キャンプ経済発展予測とビジネスレイアウト分析報告)レポートによると、2021年中国のキャンプ市場規模は2020年より62.5%増加し、747.5億元(約1.49万億円)でした、そして、今後2022-2025年の間、15%~20%の増加を続けると予測されています。
キャンプではなくグランピング!
キャンプと言っても、テントや寝袋、食材など必要な物を持参して、テントの設営や食事の用意を自分で行う一般的なキャンプとは限りません。iiMedia Researchのレポートでは中国消費者の「キャンプ場」に対するニーズも分析しています。70%以上の消費者はトイレとシャワー室付きであることを重視、60%以上の消費者は敷地内に給電施設と給水排水施設完備であることを希望し、半分以上の消費者はごみ置き・処分場やレストランなどの飲食店併設を希望しています。中国消費者のニーズは自力でテントを立てる従来型のキャンプではなく、ある程度の物資が提供される場所で気軽に快適に大自然を楽しむ「体験」です。Ctripアプリで「露营(キャンプ)」を検索すると、その結果はほとんど、テント、スカイスクリーン、釣り道具、焚き火、鍋物・プチバーベキュー、専用車送迎等が全て整っていて、手ぶらですぐにできるキャンプが出てきます。このような1泊約300元~1000元(約6,000円~2万円)程度のキャンプ場が今の主流です。
これは、近年世界中で大人気の「グランピング」の概念と似ています。グランピングは「Glamorous(グラマラス)」と「Camping(キャンピング)」を組み合わせた言葉で、キャンプ初心者に優しい施設完備のキャンプ場を指します。中国ネット上では、グランピングは「精致露营」と訳されることが多いです。「精致」とは「状態や程度が優れているさま」を指し、物質的な「贅沢」とも言えるでしょう。
通常1泊3000~5000元(約6万円~10万円)のキャンプ場では、アート作品のような半透明のドームテントやログハウス、エアストリームなどに泊まり、昼間は周囲の美しい風景を楽しめ、夜になると星空を見上げられます。また音楽祭や各種パーティー等も開催されるので、都市部の喧騒から離れた環境でキャンプを楽しむことができます。
さらに高額な、絶景が有名な雲南シャングリラ、新疆ウイグルなどの高級キャンプ場であれば、さらにグレードアップ!利用者は、モロッコ風のラグが敷かれた昔ながらの民族風の美しいテントで、マーシャルアンプ*から流れている音楽を聴き、フランス産の赤ワインを味わいながら、青い空と白い雲下の絶景を楽しめます。
*MARSHALL(マーシャル):世界を代表するイギリスのギターアンプメーカー
中国式「キャンプ旅行」
Red編集者によると、約70%のキャンプは、本格的なキャンプではなく、混雑する都市から逃避してリラックスしたい人々が選んだ新しい手段です。利用者の目的は様々、以下にご紹介しましょう。1、「不過夜」キャンプ
オンラインでキャンプ場を予約する際に、「過夜」と「不過夜」の選択肢が必ずあります。「過夜」は宿泊あり、「不過夜」は日帰りを意味します。日帰りが設定されているのは、低コストであること以外の別のニーズがあるからです。
都市部に生活している「90後」(1990年~1999年間に生まれた人)の友人女性が、「不過夜」を選んだ理由を教えてくれました。「手配、設備、食事の準備が要らず、キャンプの専門知識がなくても構わない。キレイに化粧をして、好きな洋服を着て、よい気分のまま出かけるだけで十分です。現場にはプロのカメラマンもいて、自然の中で友人と楽しく会話し、キレイな写真を撮って、食事が終わったら帰ります。野外で寝るのは辛いから、私には向いていないです。週末にもっと安い値段でキャンプの醍醐味は体験済みなので、ここでは宿泊は要らないんです。」
2、 撮影と投稿
Redでキャンプに関する投稿を分析してみると、TOP3の関連キーワードは「出片」(満足度の高い写真を撮れる方法またはキャンプ場)、「氛围」(もともと雰囲気の意味で、ここは「キャンプらしい雰囲気」を作れるカメラフィルター、撮り方やキャンプ場)、「自然」(ナチュラルに見えるフィルター)です。つまり、数多くのネットユーザーたちが、キャンプをする時、キレイな写真や動画が撮れる方法を知りたいと考えているのです。
たとえキャンプ場が混んでいても、その混雑ぶりが分からないように一人旅・恋人同士・家族団欒などのテーマを設定して写真を撮る方法、また、たとえ天気が良くない日でも、屋外の美しさを写真加工によって演出する方法、あるいは快適なキャンプシーンがイメージできる撮影時のポーズなど、「みんなが憧れそうなキャンプシーン」の投稿内容は何十万もの閲覧数を獲得しました。
SNSでキレイな写真や動画を公開して、たくさんの「いいね」をもらうことが、キャンプの最終目的の一つです。この現象について、中国中央メディアの一つ、「共青団中央」公式アカウントの記事内にもこんなコメントがあります。「“证明精致”远比露营本身更加重要」(精緻さを証明することは、キャンプより重要みたいです、「精致」なキャンプシーンを披露することが、キャンプそのものより重要なようです」。
3、キャンプと社交
若いZ世代の場合、キャンプは社交の場でもあります。中国版アマゾン「Taobao」とマッチングアプリ「Soul」が共同リリースした「2021Z世代露营式社交白皮书」(2021Z世代キャンプ式社交ホワイトペーパー)によると、Z世代にとって、友達を作るのはキャンプの目的のメインです。近年はオンラインでも社交ゲームが流行っていますが(マーダーミステリーやリアル脱出ゲーム)、ゲームストーリーに集中する環境より、実際のキャンプ場での会話と交流は自然の中で行われ、ストレスを感じにくく本音が伝えやすいため、いい交友関係が作れるという人もいます。
キャンプ関連業界は発展途上
ここまで中国のキャンプ事情を紹介しました。中国企業信用調査サイト「天眼查(TianYanCha)」のデータによると、現在、中国でキャンプサービス系の企業は約4.5万社、その中の半分以上は直近1年以内に起業した会社です。2022年Q1のわずか三か月間に、新しく登録された関連企業は5,000社以上もありました。
業界関連企業の急増は、業界が発展する余地がある証拠であると言えます。Ctripのデータによると、キャンプの利用者のうち60%は「一線都市」、25%は「新一線都市」の市民で、二、三線都市の比率は10%と5%です。つまり、キャンプは大規模都市市民のみに広がっている新しいスタイルであって、まだ全国的には浸透していません。
中国本土のキャンプ関連ブランドは現在まだ大手ではありません。成熟の関連ブランドにとって、いまは中国に進出するタイミングだと考えられます。中国人が求めている物質的贅沢さを叶えるキャンプのファッション、道具などの製品開発だけでなく、撮影のニーズ、他利用者との交流のための空間やサービスなどのソフト面でも、ビジネスチャンスを見つけられるかもしれませんね。
現在、日本でもグランピングの人気が高く、都市部の人たちが手間をかけずに贅沢なキャンプを好むトレンドがあります。おそらく中国のキャンプとすこし違うのは、たくさんの中国人が追求している「精致」の部分です。もともと「精致」は人ではなく、ものを形容する単語で、近年、「精致的珠珠女孩(繊細なメイクをして、美しいドレスを着ている女性)」という言葉が流行しており、特に若者の間では何でも「精致」であることを求めることが一つの文化現象になっていると思います。
「精致」な、言い換えれば「キレイにお化粧をしている」人がキャンプをするときは、化粧を崩したくないというニーズがあり、だからこそグランピングが選択肢になるのでしょう。でも、本当に自然の中に自分でテントを立てて泊まるなら、化粧を崩さないのは難しいですよね。自然を楽しみたい、でも化粧を崩したくないという矛盾した2つのニーズに応えるところに、新しいビジネスの種が隠れているのではないでしょうか。
*「一線都市」:北京、上海、広州、深センを指します。
「新一線都市」:成都、杭州、南京、武漢、天津、西安、重慶などの大都市を指します
執筆者:王 黛青(All About Japan 簡体字 編集リーダー)
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