サル痘を過度に恐れる必要はない3つの理由…症状、治療薬も解説

【薬学博士・大学教授が解説】サル痘の国内感染例が報告され、新型コロナウイルス感染症に続く新たな脅威になるのではないかと不安に感じておられる方も多いでしょう。しかし幸いなことに、サル痘にはすでに有効なワクチンも治療薬もあります。サル痘の症状、感染経路などの基本情報をおさえたうえで、使える薬とその効果・副作用について、わかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

国内感染が確認されたサル痘、WHOの緊急事態宣言にどう向き合うか

サル痘の症状・予防法・治療法

WHOにより緊急事態と宣言された「サル痘」。気になるその症状、感染経路、予防法・治療法は?

「サル痘」の感染者が世界的に急増しています。WHO(世界保健機関)によると、2022年7月23日時点で、75の国と地域で1万6000人の感染者が確認されています。日本でも2022年7月26日に、初の感染者が確認されたと報道されました。

新型コロナウイルスの感染が収束しない中で、また新たな脅威となる感染症が出現したかと不安になっている方が多いかと思いますが、過度に心配する必要はありません。今回はサル痘を過度に怖がらなくてよい3つの理由と、症状、ワクチン、治療薬についてわかりやすく解説します。
 

サル痘を過度に怖がる必要はない3つの理由…ワクチン・治療薬・予防法

サル痘は致死率の高い天然痘ウイルスに似ていると聞いて、不安に思う方が多いかもしれませんが、過度に心配しすぎる必要はありません。理由は3つあります。

第一には、既に開発・確立されている「天然痘のワクチン」が、サル痘にも有効であることが認められているからです。危機管理上の理由から具体的な確保量は公表されていませんが、日本国内でも天然痘ワクチンは生産・備蓄されているようです。

第二には、海外で既に認可・使用されている「天然痘の治療薬」が、サル痘にも使えそうだからです。その薬は日本では未承認ですが、例外的に使用できる仕組みを厚生労働省が作ったので、万が一感染したとしても治療薬の投与が可能です。ワクチンも治療薬もない状況で爆発的に感染が広がった新型コロナとは状況が異なります。

第三には、私たちが新型コロナ感染症の対策として行ってきた「アルコール消毒」などの基本的な予防策が、サル痘にも有用だからです。

情報が不足していると不安になりますが、正しい知識を身につけると冷静に対応できるようになるはずです。みなさんに「正しく怖がる」ようになっていただくために、サル痘の症状と、サル痘に対応できるワクチンや治療薬の現状などについて、以下で詳しく解説します。
 

サル痘の症状・致死率・感染経路・天然痘との違い

サル痘(monkeypox)は、天然痘ウイルスと同じくポックスウイルス科オルソポックスウイルス属に分類される「サル痘ウイルス」に感染することで発症します。もともと研究用に飼育されていたサルの間で天然痘に似た病気の集団感染が起きたことがきっかけで「サル痘」と名付けられたのですが、げっ歯類や哺乳動物にも感染することが分かっています。最近急に耳にするようになったので新たに発見された病気だと思っている方が多いかもしれませんが、1958年に最初に見つかり、すでに一定の対策が講じられてきました。1970年には、アフリカのコンゴで人への感染が初めて確認されました。

現在のサル痘ウイルスの自然宿主は、アフリカ大陸に生息するリスなどのげっ歯類だと言われています。感染した動物に噛まれたり、血液や体液、発疹部位などに触れたときに感染すると考えられています。また、現在報告されている感染者のほとんどが男性で、性交渉でうつっているケースが多いことが推定されています。

サル痘ウイルスに感染すると発熱、頭痛、リンパ節腫脹などの症状が数日間続き、遅れて発疹が現れます。皮疹は顔面や四肢に多く現れ、徐々に隆起して水疱、膿疱、痂皮(かさぶた)となります。合併症として肺炎、脳炎、角膜炎を引き起こすこともあります。致死率は10%未満で天然痘に比べると低いようですが、小児や抵抗力の弱い人は注意が必要です。

一方で、「天然痘(variola, smallpox)」は、ポックスウイルス科オルソポックスウイルス属に分類される「天然痘ウイルス」を病原体とする感染症で、現在は根絶したとされています。天然痘にかかると、始めに急激な高熱や頭痛、手足や腰の痛みなどの症状が起こり、いったん熱が下がってから顔や手足に赤い斑点の皮疹が現れ、やがて全身に広がります。天然痘はサル痘と異なりウイルスの感染力が非常に強いうえ、致死率が30%と極めて高かったため、最も多くの人類を殺した感染症として知られています。19世紀末にイギリスの医師エドワード・ジェンナーが世界初のワクチンである、天然痘ワクチンの「種痘」を開発し、これが世界中に普及したことで、1980年に根絶されました。
 

サル痘に有効なワクチンは? 天然痘ワクチンで効果あり

天然痘とサル痘は、別の感染症ではあるものの類似点が多いことから、既に開発済みの天然痘のワクチンが使えるのではないかと考えられ、以前より検討されてきた結果、すでに有効性が確認されています。今回、世界的な感染拡大が発覚した時点で、「天然痘ワクチンが有効である」といち早く公表されたのは、このためです。

ちなみに、天然痘ワクチンには、天然痘ウイルスそのものではなく、天然痘ウイルスと同属の「ワクシニアウイルス」という別のウイルスを弱毒化したものが入っています。似ている弱いものを接種することで、天然痘に対する免疫が得られるという原理です。

また、ワクシニアウイルスは、牛痘ウイルスに最も近いと考えられていますが、何十年にもわたって研究室で繰り返し継代培養され、記録管理もなされていなかったために、本当の起源がよく分からなくなってしまったものです。しかし、ワクチン研究に果たした役割は大きく、「ワクチン」という言葉も、ワクシニアウイルスが語源だそうです。
 

天然痘ワクチンの予防接種を行うべきか

かつて多くの人々の命を奪った天然痘は、いまや「地球上から根絶された」とされています。WHOによる根絶宣言(1980年)以降、予防接種は行われていません。しかし、天然痘ワクチンの効果が持続するのはおよそ10年とされていますので、実は現在、世界中のほとんどの人が天然痘ウイルスに対する免疫をもっていません。かつて種痘を受けたことのある人でも、もし今天然痘ウイルスに感染したら天然痘を発症してしまうのです。

また、根絶したとされる天然痘ウイルスですが、この地球上には存在しています。研究目的などでそのサンプルが保存されているからです。そして、そのサンプルをテロリストが生物兵器として悪用するのではないかと懸念されてきました。そのため、テロ対策の一環として、日本を含め世界各国では、天然痘ワクチンを常備してきました。なので、今回のサル痘の世界的流行が伝えられたときにも、各国は慌てずに済んだというわけです。

全員に免疫がなく、ワクチンが既に使えるのなら、予防接種を実施すればよいのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、まだその必要はないでしょう。ワクチン接種にもそれなりのリスクが伴いますので、不必要な介入による被害を避けるためにも、天然痘ワクチンの定期予防接種化は時期尚早と思われます。ただし、今後天然痘ウイルスやサル痘ウイルスを扱う検査担当者や、発症した患者を診る医師などに対しては、予防接種が推奨されるでしょう。

また、天然痘の場合、ウイルスに暴露されても4日以内であれば、ワクチン接種により発症や重症化を防げる可能性があると報告されています。サル痘に対する天然痘ワクチンの効果はまだ不明ですが、予防的接種だけではなく、感染後の接種についても検討されることが期待されます。
 

サル痘の治療法…天然痘治療薬がサル痘にも有効

天然痘ワクチンがサル痘にも有効性であると認められているものの、全国民に対して予防接種を実施するのは現実的ではありませんから、万が一発症したときに使える治療薬を用意しておくのが最善の策と思われます。

上述したように、天然痘とサル痘には類似点があるため、天然痘の治療薬がサル痘にも有用ではないかと考えられ、欧米で検討されてきました。具体的には、2種類の抗ウイルス薬、テコビリマット(tecovirimat)とブリンシドフォビル(brincidofovir)が対象となり、動物実験並びに臨床試験の結果、どちらも有効そうです。それぞれの特徴を解説します。
 

サル痘治療薬として期待される「テコビリマット」…ウイルスのエンベロープに作用

テコビリマットは、天然痘ウイルスの外側を覆っている「エンベロープ」と呼ばれる構造(脂質二重膜)に作用する化合物です。もう少し詳しく言うと、エンベロープにある特定のタンパク質(VP37)の働きを阻害して、感染した細胞からウイルスが放出されて体内に拡がるのを防ぐことができます。サル痘ウイルスも、天然痘ウイルスと同じエンベロープ構造をもっていますので、効くのではないかと期待されていましたが、実際にサル痘患者に投与した場合にその有効性が確認されました。また、短期間の投与で、特に注意しなければならない副作用もみられないようですので、今のところ、サル痘に対する治療薬としては最も有望でしょう。

テコビリマットは、もともとアメリカで研究開発された薬ですが、現在は欧州でも認められています。ただし、日本では未承認なので、本来は使用できませんが、今後想定されるサル痘の国内感染に備えて、厚生労働省が使用可能とする仕組みを設けました。それは「特定臨床研究」という方法です。一般的な治療ではなく、治療法を研究する一環として、指定した薬を限られた患者に投与することを認めるという考えです。そして、その対象としてテコビリマットが認められましたので、今後日本国内でサル痘感染者に治療薬が投与される場合には、テコビリマットが選ばれることになります。

ただし、全国のどこの病院でもテコビリマットが使えるわけではありません。投与を受けられるのは2022年7月28日の現時点で、東京の国立国際医療研究センターと大阪のりんくう総合医療センター、愛知の藤田医科大学病院、それに沖縄の琉球大学病院の4か所に限られます。かつ体重13キロ以上の患者が14日間入院して服用を続けることが条件となっています。今後、この特定臨床研究のデータが有効性と安全性の評価に役立ち、他の医療機関でも可能になることを期待しましょう。
 

サル痘治療薬として期待される「ブリンシドフォビル」…ウイルスの複製を阻止

もう一つの候補薬、ブリンシドフォビルは、体内で代謝されて活性体のシドフォビルに変化して効きます。シドフォビルは、主にエイズ患者のサイトメガロウイルス網膜炎に用いられている抗ウイルス薬ですが、作用機序としては、ウイルスが複製されるときに必要となるDNA合成を担うDNAポリメラーゼという酵素の働きを阻害するため、ヘルペスウイルス、パピロマウイルス、ポックスウイルスなどのDNAウイルスに広く効くと考えられます。サル痘ウイルスもDNAウイルスですので、効くと予想されたことから、動物実験で有効性が確認されたのちに、実際の患者さんにも投与されて有効性と安全性が検討されています。しかし、海外における臨床研究報告によると、投与開始後に肝機能障害が認められ、治療途中で投薬中止となったケースが多いようですので、安全性の面で心配です。

ブリンシドフォビルもシドフォビルも、日本では未承認ですので、まだ使うことはできません。また、テコビリマットのような例外的な対応を検討する動きもないようです。
 

サル痘の効果的な予防法…最も手軽で有効なアルコール消毒(エタノール消毒)

ウイルスには、エンベロープを持っているものと持っていないものがあります。詳しくは「アルコール消毒が効くのはなぜ?効くウイルス・効かないウイルス」をご参照ください。インフルエンザウイルスやコロナウイルスはエンベロープを持っており、アルコール(エタノール)を使うと、脂質二重膜であるエンベロープを溶かしてウイルスを壊すことができるので、インフルエンザや新型コロナの感染予防策として、アルコール(エタノール)による手指消毒が推奨されています。一方、ノロウイルスはエンベロープをもっておらず、アルコール消毒をしても効きません。

天然痘ウイルスとサル痘ウイルスは、低温や乾燥には強いものの、アルコールや紫外線で容易に不活化されます。エンベロープを有するウイルスなので、エタノール消毒が有効なのです。

私たちが、新型コロナ感染症への対策として既に行ってきた「アルコール(エタノール)消毒」を励行していけば、サル痘の感染防止にもつながることを知っておきましょう。
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