依存症

内因性カンナビノイドを阻害する怖さ…大麻草・マリファナの大きなリスク

【薬学博士、大学教授が解説】カンナビノイドは大麻草やマリファナに含まれる物質ですが、実は人間の体内にも近い物質があり、これを「内因性カンナビノイド」と言います。内因性カンナビノイドの役割は、食欲・睡眠欲・性欲などの本能的欲求の調整から、妊娠における着床、ストレスへの反応、社会性など多岐に渡ります。これらを阻害する、マリファナやTHCの人体への有害性について解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

カンナビノイドとは……大麻草やマリファナに含まれる物質

大麻草・マリファナとカンナビノイド

大麻草やマリファナに含まれているカンナビノイド。実は人間の体内にも近い物質があったことがわかりました


私たちの体の中に用意されている「受容体」と総称される分子は、神経伝達物質やホルモンなどのシグナルをキャッチする役割を果たしています。

「カンナビノイド」は、大麻草やマリファナに含まれている物質でが、これはもともと私たち人間の体内にはない物質です。それなのに、カンナビノイドのシグナルをキャッチする分子として、私たちの体内には「カンナビノイド受容体」があります。これはなぜでしょうか?
 

内因性カンナビノイドとは……人間の体内にあったカンナビノイドに近い物質

まさか、神様が「いつか人間はマリファナを手に入れて吸うようになるだろうから、予め受容体を用意しておいてやろう」などと考えて、私たち人間の体を作ったわけではないでしょう。

受容体が体内にあるということは、もしかしたら大麻成分と同じような物質が、もともと私たちの体の中にあるのではないか。そう考えた研究者たちが、カンナビノイド受容体に結合する体内物質を探しました。そして、実際に候補物質が見つかり、それらは、私たちの体内にあるカンナビノイド様な物質という意味で、「内因性カンナビノイド」(エンドカンナビノイドendocannabinoid, endo-は“内”の意味)と呼ばれるようになりました。

これまでに報告された内因性カンナビノイドはいくつかありますが、その中で、私たちの体内で実際に機能していると考えられるのは、アナンダミド(N-アラキドノイルエタノールアミン)と2-アラキドノイルグリセロール(略して2-AG)です。

今回は、こうして発見された内因性カンナビノイドが、私たちの体内でどんな働きをしているのか、またマリファナの吸引によりもたらされる精神作用との関連性などを詳しく解説します。
 

内因性カンナビノイドの役割……視床下部における本能的欲求の調節

人間に限らず、すべての動物が生きていくために必要不可欠な欲求として、「食欲」「睡眠欲」「性欲」があります。これら本能的欲求をコントロールする脳の中枢は「視床下部」(参考記事:「視床下部の役割は?自律神経系、内分泌系を調節する重要な機能」)であり、視床下部にはカンナビノイド受容体が豊富に分布していることから、内因性カンナビノイドが本能的欲求の調節に関わっていることがうかがえます。

マリファナ吸引や大麻成分であるTHC投与によって、視床下部のカンナビノイド受容体が刺激されると異常な食欲が起こることから、内因性カンナビノイドも食欲を亢進する役割を果たしているにちがいありません。事実、様々な動物実験によって、内因性カンナビノイドが食欲調節に関係していることが証明されています(Nature 410(6830): 822-825, 2001; Neuropharmacology 124: 38-51, 2017)。

私たちが生きて活動を続けていくには、エネルギーが必要です。食欲は、エネルギー不足にならないよう、エネルギーの元になる栄養分を摂りいれるためのものです。視床下部は、食欲をコンロトールする以外にも、広く体のエネルギー恒常性を維持するための役割を果たしており、それに内因性カンナビノイドが関わっているようです。また、脂肪細胞、肝臓、胃腸管、骨格筋などの末梢組織におけるエネルギー代謝の調節にも、内因性カンナビノイドが関与していると考えられています(J Neuroendocrinol 20 (6): 850–857, 2008)。

内因性カンナビノイドは、睡眠にも関わっているようです(Life Sci 58(6): PL103-PL110, 1996; Brain Res 812(1-2): 270-274, 1998; Neurosci Biobehav Rev 71:671-679, 2016)。動物実験で、脳内にアナンダミドなどを注入すると睡眠が誘導され、逆にカンナビノイド受容体遮断薬を投与すると、睡眠が減ります。脳内で睡眠を調節する物質として、アデノシンやメラトニンが知られていますが、内因性カンナビノイドはアデノシンやメラトニンの働きに影響を与えるようです。アナンダミドなどの脳内量は、一日の明暗サイクルに合わせて変動しており、その量が増えてくると、眠気を催すように機能していると考えられます。

内因性カンナビノイドが性欲や性行動に関与することを示す、数々のヒトおよび動物実験のデータも報告されています(Mol Cell Endocrinol 286(1-2 Suppl 1): S17-23, 2008; Pharmacol Res 115: 200-208, 2017)。

脳の視床下部には、各種ホルモンの分泌を調節する中枢があり、性周期や妊娠の成立に中心的役割を果たしていますが、内因性カンナビノイドは、視床下部のカンナビノイド受容体を介して、ホルモン分泌を調節し、妊娠にも関与すると考えられています(Reproduction 152(6): R191-R200, 2016)。
 

生命の誕生までコントロールしている内因性カンナビノイド

妊娠に関連して、もう一つ重要な知見があります。

受精卵から発生した着床前胚にカンナビノイド受容体が存在する(Proc Natl Acad Sci USA 92(21): 9460-9464, 1995)一方で、母体の子宮からは内因性カンナビノイドのアナンダミドが分泌され(roc Natl Acad Sci USA 92(10): 4332-4336, 1995)、着床のタイミングを制御しているというのです。子宮からの誘い(内因性カンナビノイド)を、赤ちゃんが聞き分けて(カンナビノイド受容体)、お母さんの体内に宿るというわけです。内因性カンナビノイドは、新しい生命の誕生まで左右していると言えます。
 

体温調節やストレス応答と内因性カンナビノイド

視床下部には、体温を一定に保つ調節機能を司る中枢もあり、マリファナ吸引やTHC投与によって低体温が生じることから、体温調節にも内因性カンナビノイドが関与すると考えられます。実際、内因性カンナビノイドのひとつアナンダミドは、体内で温度センサーとして機能するTRPV1受容体チャネルに作用することが明らかにされています(Br J Pharmacol 140(5): 790-801,  2003)。私たちが暑いと感じたとき、皮膚の血管を拡張させて熱を放散させることにより体温を下げようとする仕組みが働きますが、アナンダミドがTRPV1受容体チャネルを刺激すると、血管拡張反応が起こり、体熱を放散させる役割と果たすことも分かってきました。内因性カンナビノイドは体温調節に欠かせない役割を果たしているようです。

私たちがストレスを感じたとき、体の防御反応として、副腎皮質(腎臓の上方にある「副腎」という臓器の外表部分)から、糖質コルチコイドと総称されるホルモンが大量に分泌されます。このホルモンは、体に危険がおよんでいることを知らせ、ストレスを生じている対象物から逃れる生理反応や行動を導く役割を果たします。この副腎皮質からの糖質コルチコイド分泌は、脳下垂体から分泌されるホルモン(副腎皮質刺激ホルモン:ACTH)によって調節され、ACTHの分泌は、さらに上位の視床下部から分泌されるホルモン(副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン:CRH)によって調節されています。このシステムは、「視床下部-下垂体-副腎系」(hypothalamic-pituitaryadrenal axis)または「HPA軸」と呼ばれ、ストレス応答の中心的役割を果たしています。カンナビノイド受容体遮断薬の投与、あるいは遺伝子操作によって作成されたカンナビノイド受容体欠損マウスを用いた実験から、内因性カンナビノイドがHPA軸の制御に関わっていることが明らかにされています(J Neuroendocrinol 20 Suppl 1: 35-38, 2008; 
Proc Natl Acad Sci USA 107(20): 9406-9411, 2010)。内因性カンナビノイドが正常に働いていないと、環境にうまく適応できなくなり、不安やうつなどの精神障害が引き起こされるかもしれません。
 

精神機能や社会性までも担う内因性カンナビノイド

マリファナやTHCに精神作用がみられるように、内因性カンナビノイドは精神機能の調節にも重要な役割を果たしていると考えられます。これを検証するため、遺伝子操作によってカンナビノイド受容体をもたないマウスを作成し、その行動変化を観察した論文が報告されています(PLoS ONE 6 (11): e26617, 2011)。カンナビノイド受容体は、各種神経細胞上に分布しており、興奮性神経伝達物質のグルタミン酸や抑制性神経伝達物質のGABAの遊離を抑制するように働きますが、マウスのグルタミン酸作動性ニューロン上のカンナビノイド受容体を無くすと、探索行動や社会性行動が減少し、逆に攻撃行動が増えました。GABA作動性ニューロン上のカンナビノイド受容体を無くすと、色々な実験系での行動量が増えました。この結果の解釈は難しいですが、内因性カンナビノイドは「不安」を調節していると考えられます。

「社会性」とは、集団を作って生活しようとする性質のことで、他の動物にもある程度認められますが、私たち人間は、とりわけ他人との関係を重視し、ときには本能的な欲求を抑えてまで、他人に合わせようとします。「社会性」は、動物とは違う、人間の特徴の一つと言えます。社会性は、生後の発達に伴って身についていくものですが、発達障害があると、他人の気持ちを察することができないなど、対人関係がうまくいなかくなり、日常生活に支障をきたします。こうした社会性の発達にも、内因性カンナビノイドが関与することが最近の研究から明らかになってきました(Trends Neurosci 40(7): 385-396, 2017)。

社会性の発達には、「不安」と「報酬」が関係します。人前で何かを発表するときに緊張するのは、社会性と関連した「不安」を反映しています。幼い子供が、公衆の面前でもまったく臆することなく、わがままが言えるのは、社会性が身についていないからです。一方、多くの人に認められたときに大きな喜びを感じるのは、社会性と関連した「報酬」を反映しています。内因性カンナビノイドは、上述したように「不安」の調節に関わるだけでなく、脳内報酬系の制御にも関わることで、社会性の発達に寄与していると考えられます。

社会性と関連の深い脳領域は、前頭葉(大脳新皮質の前方部分)ですが、動物実験で、成長期の雌ラットにTHCを与えると内因性カンナビノイドの働きが邪魔され、前頭葉が正常に機能しなくなると報告されています(Neurobiol Dis 73: 60-69, 2015)。
 

マリファナのTHCのリスクと悪影響は「内因性カンナビノイドの働きを乱す」こと

内因性カンナビノイドの存在が知られていなかったころは、マリファナの作用は、単にTHCなどの成分がカンナビノイド受容体を刺激することによって現れるとしか考えられていませんでした。しかし、近年は、内因性カンナビノイド系の重要性が認知されるようになり、マリファナの身体的および精神的影響は、「もともと生体内で機能している内因性カンナビノイド系のバランスが乱されることによって生じる」と考えられるようになってきました。

「マリファナを使用しても、たいした効果はない」「依存性は弱い」などと言う人がいますが、それは明らかな間違いです。

もともと私たちの体内では、「食欲」「睡眠」「性欲」「体温」「エネルギー代謝」「ストレス応答」「ホルモン分泌」など動物として生きていくために欠かせない機能から、「精神活動」「社会性」など脳の高次機能まで、ありとあらゆる生体機能の調節に、内因性カンナビノイドは関わっているのです。そうした内因性カンナビノイドが働きかける受容体に、同じように結合して、その働きをかき乱してしまうマリファナが、いろいろな薬理作用を示し、どれほど体の変調をきたすのかは容易に想像できるでしょう。 
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