依存症

「やる気」はどこからやってくる?脳内報酬系と薬物依存

【薬学博士、麻薬研究者が解説】何かに頑張って成功すると脳内でドーパミンがドッと放出され、「やったー!」「よかった!」という達成感が生まれます。この爽快感を求めてさらにやる気がわき、やる気のサイクルに入る……これが「脳の報酬系」のあるべき形です。しかし間違った使われ方をすると、「薬物依存」に陥ります。麻薬、覚醒剤、大麻で脳の報酬系が刺激されてしまうしくみと怖さを、わかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

やる気の源はドーパミン? 脳内の「報酬系」というしくみ

脳の報酬系

何かに努力して成功すると、脳内にドーパミンが放出され、達成感や爽快感が得られます。この「脳の報酬系」は正しく使われることが大切です


私たちが行動を起こすために肝心なものがあります。それは「意欲」「やる気」です。やる気がなければ何も始められないし、続けられません。行動力の源となる「やる気」はどうやって生じるでしょうか。

そのカギを握っているのが、「報酬系」という脳のしくみです。

具体的には、中脳の腹側被蓋野という場所にあるドーパミン作動性ニューロンの軸索が、大脳辺縁系の側坐核という場所まで伸びていて、これが活性化されると側坐核でドーパミンが放出されるようになっています。特に何かに成功して「やったー!」「よかった!」と感じたときには、ドーパミンがドッと放出され、私たちは「ご褒美(報酬)がもらえた」かのような達成感や爽快感を覚えるのです。

何か身につけようと練習して上手にできるようになり、喜びを感じて報酬系が働くと、さらにやる気がわいてどんどん練習を繰り返し、もっともっと上手になる。仕事を頑張って良い評価がもらえ、喜びを感じて報酬系が働くと、さらに頑張ろうという意欲がわいて、どんどん活躍の場を広げていく。このように「報酬系」という脳のしくみのおかげで、「やる気のサイクル」がうまく回ると、実にすばらしい効果をもたらしてくれます。これが報酬系の本来あるべき形です。
 

やる気のサイクルが間違って使われてしまうと起こる「薬物依存」

ところが、このやる気のサイクルが間違った使われ方をすることがあります。それが「薬物依存」です。

実は、麻薬や覚醒剤などの「乱用の恐れがある薬物」には、共通して報酬系を刺激する作用があります。具体的には、何もいいことをしていなくても、薬物を摂取しただけで、腹側被蓋野から側坐核系に至る報酬系の神経において、ドーパミンが大量に放出されてしまうのです。報酬系はやる気のサイクルを担っているので、薬物によって無理やり報酬系が刺激された結果、再び薬物が欲しいという気持ちが生まれてしまいます。

同じサイクルにも関わらず、「練習を繰り返してどんどん上手になる」場合は有益なのに対し、「薬物にはまる」のは無益です。

この2つの最大の決定的な違いは、目的と結果が一致しているかどうかです。有益なやる気を生み出す場合は、もともと「こうしたい」「ああなりたい」という前向きな欲求を満たそうとして目的の行動に移り、それが成功することで欲求が満たされます。ところが、薬物依存の場合、初めて手を出すきっかけは、「嫌な現実から逃避したい」という気持ちから始まることが多いです。薬物を使用することで報酬系が刺激され、ご褒美が得られたように錯覚するかもしれませんが、当然ながら薬物に手を出す前に求めていたような解決は得られません。

しかも、薬物効果には耐性が生じます。2回、3回と薬物を繰り返すと報酬効果が実感できなくなるので、乱用が増す一方で、欲求不満がつのるばかりとなります。やめようと思ってもやめられず、一生その悪循環から逃れなくなるのです。
 

麻薬、覚醒剤、大麻……脳内報酬系を刺激するしくみの違い

乱用薬物が、報酬系のドーパミン放出を引き起こすメカニズムは、薬物によって幾分異なります。少し専門的になりますが、わかりやすく解説しましょう。

覚醒剤は、ドーパミン作動性ニューロンの終末に作用して、ドーパミンを放出させます。

モルヒネは、ドーパミン作動性ニューロンに抑制をかけているGABAという抑制性神経伝達物質の働きを抑えて、ドーパミン作動性ニューロンの興奮を高めます。

マリファナ(大麻)の主たる薬効成分であるTHC(テトラヒドロカンナビノール)も、ドーパミン作動性ニューロンからのドーパミン放出量を増やすことが、様々な実験によって証明されています(Neurobiol Dis 5: 502-533, 1998;  Trends Pharmacol Sci 22: 565-572, 2001; J Neurosci 24: 4393-4400, 2004)。「マリファナは依存性が少ない」と評されることがありますが、勝手に報酬系を働かせてしまうことは間違いありませんから、依存性薬物と考えるべきです。
 

薬物乱用しやすい人の脳では、ドーパミンが少なくなっている?

マリファナとドーパミンの関連について、もう一つ興味深いこととして、マリファナ常用者の脳内ではドーパミン合成能が低下しているという報告があります(Biol Psychiatry 75(6): 470-478, 2014)。THCがドーパミン放出を促進するのならば、マリファナ使用によって脳内ドーパミン量が増えるはずですから、「ドーパミン合成脳の低下」は一見矛盾しているようにも思えますが、この場合は、「マリファナを欲しがる人は脳内ドーパミン量が少ない」と解釈するとよいかもしれません。

もともとドーパミン合成能が低い人がマリファナ常用者となってしまったのか、マリファナを繰り返し使用するうちにドーパミン合成能が低下してしまったのかは不明ですが、ドーパミン合成能が低下すれば、報酬系で働くドーパミン量も少なくなりますから、THCの効果を実感できなくなるのかもしれません。そして、使用する量や頻度がどんどん増えてしまう可能性があります。

薬物乱用の根底に、脳内神経伝達物質であるドーパミンの異常があることを示した重要な知見です。やる気を起こす「報酬系」は、ぜひ正しい形で使われてほしいものです。
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