依存症

THCとは…大麻に含まれる成分の人体への影響・危険性

【薬学博士、大学教授が解説】脳に作用し、精神に影響するマリファナの主成分「THC」。テトラヒドロカンナビノールという化合物で、人体に深刻な影響を与えます。THCとはどのような特徴があるのか、体内での影響と排泄されるまでの流れをわかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

THCとは……脳に作用するマリファナの成分

マリファナの危険性・人体への影響

マリファナに含まれ脳に作用する成分・THCは、人体に深刻な影響を与えます


脳に作用して精神に変化をもたらすマリファナの主たる成分はテトラヒドロカンナビノールという化合物で、「THC」と略されます。THCが実際に吸引された後、体内の各所の臓器や細胞までどう到達するのでしょうか。体にとっては異物のTHCは、いつまでも体内に残存しないように排泄される必要がありますが、どうやって消失するのでしょうか。

マリファナの薬理作用や毒性を理解する上で、THCが体内でどう動き、代謝されるのかを知ることはとても大切です。わかりやすく解説します。
 

THCの特徴……石油のような性質をもち、脂肪や母乳に溶け込む

薬物の体内分布や代謝・排泄を左右する要因の一つは、その薬物が水に溶けやすい「水溶性」か、油に溶けやすい「脂溶性」かです。麻薬としても知られるモルヒネ、コカインなど他の多くの植物成分は「アルカロイド」と総称され、水溶性ですが、THCはアルカロイドではなく、炭化水素に少しの酸素原子が付いているだけです。とくに、化学構造中に、長い鎖状の炭化水素が含まれていて、ほとんど石油のような物質です。当然、油は、水に溶けません。

マリファナを燃やすと、石油のようなTHCは蒸散して、それを吸い込むと肺から急速に血液中に入り込みます。しかし、油ですから、血液の水分には溶け込まず、約90%はリポタンパクやアルブミンなどの血清タンパク質にくっつき、約10%は赤血球などに入り込んで、全身に運ばれます。血清タンパク質や赤血球から解離したごく一部のTHCが、速やかに各組織に移行し、薬効を示すのです。ちなみに、脳に移行するのは、摂取したTHCのわずか1%程度です。

時間が経過すると、THCは徐々に、全身の脂肪組織に浸み込んでいきます。いったん脂肪組織に入ってしまうと、なかなか血液循環には戻りません。実際のヒトのデータで、マリファナを1回喫煙しただけでも、4週間後に脂肪組織中に相当量のTHCが残存していたという報告があります(Biomed Chromatogr 3(1):35-38, 1989)。THCの見かけの効果が消失した後でも、THCは長期間にわたって体内に貯留し続けるので、慢性毒性が問題となります。
 
また、THCは胎盤を通過し、母乳にも少量移行します(Neurotox Res 6(5): 389-401, 2004)。妊娠中あるいは母乳育児中の女性がマリファナ喫煙することは、子どもにTHCを与えることに他なりません。
 

THCは体内からどう出ていくか……代謝され、尿中排泄されるまで

一般に、私たちの体の中で不要となった物質は、尿または糞便として排泄されます。尿は、腎臓で血液がろ過されて作られますが、血清タンパク質とくっついたままのTHCは、ろ過されませんので、THCを尿中排泄するためには、THCを水溶性の物質に変える必要があります。そのために働くのが肝臓の代謝酵素です。

肝臓の薬物代謝酵素として最もよく知られているのが、シトクロムP450(Cytochrome P450)と総称される酵素群で、全薬物代謝の8~9割に関与しています。シトクロムP450には、多数の分子種があり、たとえば「CYP1A2」というように表記されます。「CYP」(“シップ”と読む)は、Cytochrome P450の略で、次の数字「1」は酵素群(ファミリー)の番号、その次のアルファベット「A」は亜群(サブファミリー)を表し、最後の数字「2」はその酵素に割り当てられた固有の番号です。ちなみに、CYP1A2は、アセトアミノフェンという解熱薬や、コーヒーの成分であるカフェインなどを代謝します。

THCの代謝については、Δ9-THCを静脈内、経口および喫煙摂取したヒト尿及び糞中代謝物を調べた報告によると、30種類以上のTHC代謝物が見つかり、それらのうち、11-hydroxy-Δ9-THC(11-OH-Δ9-THC)とΔ9-THC-11-oic acidが主代謝物であることが明らかになっています(Science 170: 1320-1322, 1970; J Clin Pharmacol 21: 178S-189S, 1981)。また、その代謝反応には、CYP2C8とCYP2C9が関与しますが、CYP2C9の方がメインであることも分かりました。Δ9-THCは、主にCYP2C9によって11-OH-Δ9-THCに変換され、さらなる酸化的代謝経路によってΔ9-THC-11-oic acidになります。そうして水溶性が増した代謝物は、尿中排泄されるというわけです。
 

THCの体への害……代謝物がさらに悪さをする特性も

このTHCの酸化的代謝に関連し、THCの薬理作用と毒性を考える上で、重要なポイントが3つあります。

第一に、薬物は代謝されると薬理活性が無くなることがありますが、THCの場合はまったく逆です。

マウスを使って調べたところ、代謝物である11-OH-Δ9-THCの薬理作用は、Δ9-THCの約18倍も強かったのです(Science 172(3979): 165-167, 1971)。また、Δ9-THC-11-oic acidも、Δ9-THCより強い精神作用を示すことが分かりました。つまり、THCは、私たちの体の中で代謝されることによって、さらに精神作用の強い化合物に変化してしまうということです。

第二に、THCの代謝物である11-OH-Δ9-THCおよびΔ9-THC-11-oic acid は、THCよりは水に溶けやすいのですが、それでも尿中排泄されるのは、摂取量の10~20%程度にしか過ぎません。残りの多くは、肝臓から分泌されて、胆汁とともに胆管を通って十二指腸に排出されます。ただし、十二指腸に排泄された代謝物の多くは、回腸下部まで運ばれたところで、腸粘膜から吸収され、門脈という血管を経て、肝臓へと戻っていきます。この仕組みは「腸肝循環」と呼ばれます。腸肝循環にのらなかった代謝物だけが糞中に排泄され、残りの多くは腸と肝臓の間をぐるぐる回って、なかなか体外へ出ていかないのです。

第三に、THCの代謝能力には個人差があるようです。アルコールを分解する酵素の働きの違いによって、お酒に強い人と弱い人がいる(参考記事:「お酒に強くなる方法はあるのか?強い人と弱い人の違い」)ように、THCの代謝を担うCYP2C9にも、遺伝的に決まった個人差があることが明らかになっています。多型が知られており、野生型のCYP2C9(CYP2C9.1)に比べて、変異型のCYP2C9(CYP2C9.2及びCYP2C9.3)は、THCの11位水酸化を生じる酵素活性が約3分の1しかない(Biochem Pharmacol 70(7): 1096-1103, 2005)ので、同じ量のマリファナを摂取しても、変異型のCYP2C9をもっている人は、薬効成分THCが代謝されにくいことになります。
 

マリファナの危険性……体内に残り続けるTHCと代謝物の有害性 

体内動態の観点からも、THCは非常に厄介な薬物と言えます。代謝によって解毒されるどころか、THCよりもっと強力な化合物に変化してしまうのです。THCまたは代謝物は、脂肪組織に貯留しやすいうえに、胆汁排出されても腸肝循環されるので、非常に長期間体内に残り続けます。1回の喫煙でも1カ月以上にわたって体内に残るのだから、何度も繰り返し使用していると、見かけ上精神効果などが現れていなくても、相当量がいつまでも体内に溜まり続けると考えると恐ろしいです。
 
また、マリファナを喫煙してもあまり効果がない人がいる一方で、精神異常をきたしてしまう人がいるなど、個人差が大きいのは、THCの作用そのものよりも、代謝や排泄の個人差が関係していると考えられます。
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