認知症

アミロイドβタンパクとは…アルツハイマー病の原因物質と考えられている理由

【認知症研究者が解説】アルツハイマー病の根本的な治療薬の開発が待ち望まれています。発症の原因物質は「アミロイドβタンパク(Aβ)」だと考える「アミロイド仮説」に基づいた医薬品の開発が進められていますが、有効性が実証できた薬はまだ見つかっていません。そもそもアミロイドβタンパクとは何か、なぜ原因物質と考えられているのかをわかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

アミロイド仮説とは……アルツハイマー病の根本的な治療をめざして

アルツハイマー病の治療薬開発イメージ

アルツハイマー病にはまだ根本的な治療薬がありません。新薬開発に関わっているアミロイド仮説とは?

認知症の原因となる神経変性疾患…アルツハイマー病とは」で解説したように、アルツハイマー病は、認知症の原因疾患の約半数を占めると考えられています。アルツハイマー病の中核症状は、記憶障害、見当識障害、判断実行機能障害などですが、これらの症状を一時的に改善できると期待される「対症薬」として、今のところドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンという4つの薬が使用可能になっています。

しかし、これらはあくまでも対症療法で、アルツハイマー病の脳内で時間経過とともに進行する神経細胞の変性・脱落を食い止めることのできる根本的な治療法、「原因療法薬」は、まだありません。

アルツハイマー病を発症する原因物質は「アミロイドβタンパク(Aβ)」ではないかと考えられており、これは「アミロイド仮説」と呼ばれています。アミロイド仮説に基づき、認知症の根本的な治療薬として、アミロイドβタンパクに対する抗体医薬品の開発が進められています。

アミロイドβタンパクに対する抗体医薬品として、近年注目を集めたのが、バイオジェン社とエーザイ社によって共同開発された「アデュカヌマブ」です。2021年6月にアメリカで承認され、いよいよ日本でも承認か……と期待されましたが、2021年12月22日に開催された厚生労働省の薬事・食品衛生審議会の専門家部会は、「現時点のデータでは有効性を明確に判断することは困難」として承認を見送る決定をしました。

実は、アデュカヌマブ以前にも、アミロイドβタンパクをターゲットとした薬は開発されており、多くの臨床試験で検討されてきました。しかしいまだに有効性が実証できたと言えるものはありません。もしかしたら、アミロイドβタンパクが原因物質だと考える「アミロイド仮説」そのものが間違いではないかと懐疑的な意見を述べる研究者も増えています。

そこで今回は、今後のアルツハイマー病治療の未来を考えるための基本事項として、そもそもアミロイドβタンパクとはどんな物質なのかを、詳しくかつ分かりやすく解説します。
 

アミロイドβタンパクとは……アルツハイマー病の脳に特徴的な「老人斑」の主成分

アルツハイマー病の脳には特徴的な病変として「老人斑」と「神経原線維変化」が見られます(詳しくは「認知症の原因となる神経変性疾患…アルツハイマー病とは」を参考にしてください)。そして発症過程において、老人斑と神経原線維変化が発生する時間経過を丁寧に調べたところ、老人斑の方が先にできるらしいことがわかったため、多くの研究者たちは、老人斑の方が発症に深くかかわっているだろうと考え、どんな成分で構成されているかを解析しようと試みました。しかし、老人斑は鍋にこびりついたしつこい汚れのようなもので、取り出すことさえ難しかったのです。

1984年 アメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のジョージ・グレナー博士らは、この困難な課題をいろいろな工夫で乗り越え、ついに老人斑を可溶化して成分の分析を可能にしました。そして、彼ら自身と他の研究グループによって、その主成分が同定されました。ずばりそれは、アミノ酸40~43個からなる小さな鎖状のタンパク質でした。そしてこの物質こそが、今回の主題となる「アミロイドβタンパク(Aβ)」だったのです。
 

「アミロイドβタンパク」という名前の由来

ちなみに、物質名のうち「アミロイド」は、実体が不明だったころにいろいろ試験を行ううち、ヨウ素反応に陽性を示したことに由来しています。

ジャガイモの切り口にヨウ素液を滴下すると青紫色になるという「ヨウ素デンプン反応」は、小学5年の理科で学習する内容なので、多くの方がご存知だと思います。その原理を簡潔に説明すると、実験に用いられるヨウ素溶液は、正確には「ヨウ素ヨウ化カリウム水溶液」で、通常は茶褐色をしていますが、デンプンが存在するとヨウ素分子がデンプンのらせん構造にぴったりはまり込み、赤い光を吸収しやすくなるため、色調が変わってデンプンが青紫に染まって見えるのです。老人斑から見つかった成分も同じような反応を示したので、当初は「デンプンのような物質」だと推定されました。デンプンはラテン語で「amylum」と言い、それに「~に似たもの」を意味する「-oid」(アンドロイド、セルロイドなどにも入っています)を付けて、amyloid(アミロイド)と呼ばれることとなりました。その後の研究で、実体はデンプンとは全く違うタンパク質(ペプチド)であることが明らかになりましたが、混乱を避けるため、当初の呼び方がそのまま残ったというわけです。

「β」は、立体構造に由来しています。下図に示したように、この物質そのものは、非常に小さい分子で水に溶けることができますが、一本のペプチド鎖が逆方向に並んでシートを形成し、それが何層にも重なって集合することで、大きな線維となります。そして、さらにたくさんの線維が絡み合い、他の成分と一緒になって老人斑を形成します。
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鎖状のAβが逆方向に並んでシートを形成し、それが何層にも重なって集合することで、Aβ線維ができる。(ガイドが作成したオリジナル図)

まとめると、当初デンプンに似ていると思われたので「アミロイド」、詳しく研究すると「β」シート構造をとる「タンパク」であることが判明したので、アミロイドβタンパク(略してAβ)と呼ばれるようになったというわけです。
 

アミロイドβタンパクはアルツハイマー病の原因物質なのか

アミロイドβタンパクが老人斑を作っているとしても、それが原因でアルツハイマー病が起こるとは限りません。アルツハイマー病の本当の原因は他にあり、それによって神経細胞がダメージを受けた結果として、アミロイドβタンパクができるのかもしれません。

アミロイドβタンパクとアルツハイマー病の因果関係を証明することは容易ではなく、アミロイドβタンパクが見つかってから40年近くが経とうとしていますが、まだ結論はでていません。ただ、多くの研究者が「アミロイド仮説」を支持してきたのには理由があります。

アミロイドβタンパクが単離され化学構造の全容が明らかになったことで、患者さんの脳内に隠れていた物質を人工合成することができるようになりました。粉末状の試薬として市販されているアミロイドβタンパクを入手して、世界中の多くの研究者がAβの性質を次々と明らかにしていきました。私もその一人です(代表的な原著論文:J Neurochem 67(5): 2074-2078, 1996)。

特に多くの研究者が注目したのが、アミロイドβタンパクの神経毒性でした。たとえば、動物の脳から採取した神経細胞を実験用シャーレの上で培養し、そこに一定濃度のアミロイドβタンパクを添加すると、時間経過とともに神経細胞が死滅していく様子が観察できたのでした。その経過を詳しく調べることで、アミロイドβタンパクの神経毒性の機序が解明できますし、そこに何らかの化合物を添加してアミロイドβタンパクの毒性を弱めることができれば、その化合物がアルツハイマー病治療薬の候補となるでしょう。

比較的簡単な試験で、いままで謎とされてきた神経変性疾患の治療薬が開発できるかもしれないという期待が一気に広まり、アミロイド仮説が支持されるようになりました。しかし、現実にはアミロイド仮説に基づいて開発されてきた数々の新薬が、実際のアルツハイマー病患者に投与されても、明確な治療効果を示せていない現状を鑑みると、それほど単純ではないと思われます。

アミロイド仮説を支持するさらなる傍証と、それに異を唱える反証が、これまでにたくさん報告されています。アルツハイマー病の根本的な治療をめざして、研究が進められています。
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