オーバードーズとは…社会問題化する市販薬の過剰摂取と問題点

【薬学博士・大学教授が解説】オーバードーズとは「薬物過剰摂取」を意味する言葉です。市販薬をわざと過剰摂取(オーバードーズ)する事故や事件が社会問題になりつつありますが、背景には何があるのでしょうか。オーバードーズをやめさせる方法は、薬物の規制ではありません。心の問題と薬物問題の対策法についてわかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

オーバードーズとは「薬物過剰摂取」……事故ではなく市販薬による危険行為も

社会問題になりつつある市販薬のオーバードーズ。その背景にある心の問題は?

社会問題になりつつある市販薬のオーバードーズ。その背景にある心の問題は?


今、市販薬の「オーバードーズ」が社会問題となりつつあります。

「オーバードーズ(Overdose)」とは、薬を使うときの一回あたりの用量(dose)が過剰である(over)こと、または薬物の過剰摂取に及ぶ行為のことをさしています(この呼び名の問題についても、記事の最後に触れたいと思います)。

医療現場で使用されるときに患者さんに誤って過量の薬を投与してしまった場合や、患者さんがもらった薬を間違って多く飲んでしまった場合なども含めますが、近年問題になっているのは、一般の患者自身が自らの判断で過量の薬を服用しようとするケースです。とくに、医師の診断を受けて発行してもらった処方箋がなくても薬局で自由に購入できる市販薬がオーバードーズの対象となっていることは、大きな問題です。中には、風邪薬を一度に何十錠も飲む人もいるそうです。

体や心が健康な人にとって、医薬品は必ずしも必要なものではありません。しかも、薬の使用には危険が伴うことを多くの方が知っていて、中には「できるだけ薬を飲みたくない」という人さえいます。しかし、オーバードーズをする人たちは、自ら好んで大量の薬を飲んでいるわけです。危険を冒してまで、なぜオーバードーズしてしまうのでしょうか。

オーバードーズ問題の背景にある心の問題や、それを解決するために社会としてできることについて考えてみましょう。
 

安心安全なはずの市販薬……覚醒剤・麻薬のような薬物問題につながる動機は?

医薬品は大きく「医療用医薬品」と「一般用医薬品」に分けられます。医療用医薬品は、使用実績がまだ少ない、あるいは使い方が難しいなどの理由で、医師の診断に基づいた処方箋がなければ一般の方が入手して使うことができないものです。それに対して、一般用医薬品は、別名OTC医薬品(Over-The-Counterの略、カウンター越しに買える医薬品という意味)とも言われ、処方箋がなくても一般の方が薬局に行って自由に買って使うことができます。長年たくさんの人たちが使用した実績があり、製品に記された用法・用量を守ってさえいれば安全に使えるだろうと認められたものです。とても便利なのはいいですが、専門家の判断や指導を省いてしまい、どのように使うかは購入者に委ねられているという点では管理が難しいです。
 
薬物問題というと、覚醒剤や麻薬、大麻など、厳しく規制された薬物を連想する方が多いことでしょう。それらの薬物に共通しているのは、脳に作用して、興奮作用に基づく覚醒効果や、抑制作用に基づく陶酔感などをもたらし、その精神作用を求めて乱用が生じるという点です。

覚醒剤や麻薬、大麻などに手を出してしまう動機は、「快感を得るため」と説明されることが多いですが、本当は違います。実は、始まりのきっかけは、「欲求不満」です。やりたいことがうまくいかない、願いがかなわない、どうしても解決できない、そんな不満やプレッシャーからくる閉塞感に苦しんだ末に、現実から逃げようとして、ドラッグへと誘われてしまうのです。

ドラッグで現実逃避している間は、一時的に救われたような錯覚に陥るものの、その物が存在しなくなると、耐えがたい不快感が襲ってきます。しかも、元々問題になっていたことは何も解決していないで残っているうえ、余計に絶望感がつのります。そして、その不快感や絶望感を無くそうとして、ふたたび薬物に手を出します。これを延々と繰り返すことで、ドラッグ無しではいられない、「依存症」という負のスパイラルにはまってしまうのです。

市販薬は、もともと定められた用法・用量を守ってさえいれば、安心安全に使えますし、依存症を生じるようなものではありません。しかし、市販薬の中にも、覚醒剤や麻薬のような作用を生じる成分が含まれているものがあり、決められた用法・用量を守らなければ、急性毒性のために死んでしまったり、使い続けることで依存症に陥り、薬なしでは生活できないという状態になってしまうこともあることを知っておくべきでしょう。
 

「薬を使うのは個人の自由」ではない! 法律で規制されているオーバードーズ

薬物乱用をすることは、誰に迷惑をかけるわけでもないし、個人の自由だ。そんな意見があるかもしれません。

しかし、我が国において医薬品の有効性と安全性を確保するために定められた法律「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(略して薬機法、旧名:薬事法)」にはこのような条文があります。

(国民の役割)
第一条の六 国民は、医薬品等を適正に使用するとともに、これらの有効性及び安全性に関する知識と理解を深めるよう努めなければならない。

つまり、医薬品の適正使用を守らないオーバードーズは法律違反なのです。また、自分だけの問題と思ったら大間違いです。多くの方に迷惑をかける行為だと認識する必要があります。
 

10代のオーバードーズが増えている理由……早急に求められるネット対策 

最近のオーバードーズ問題は、特に10代にまで広がりを見せているようですので、緊急に対策が必要です。我が国の将来を担う若者たちの未来を閉ざしてしまうことがないよう、大人たちが十分守ってあげることが必要ではないでしょうか。

最も現実的ですぐにも始めるべきことは、インターネット対策です。

アダルトサイトの閲覧に年齢制限が設けられているというのに、ドラッグ情報は垂れ流しに近い状態です。インターネットプロバイダやネット通販会社をはじめとする関係者は、ドラッグ情報の統制を真剣に検討していただきたいと思います。不適切な薬の乱用を勧めるようなホームページや書き込みも見られ、こうした囁きが青少年の心の隙間に入り込む可能性が高いですから、早急な法整備が必要でしょう。

また、以前、医薬品のインターネット販売が議論されたことがあり、最終的には「自由化」が優先されましたが、薬の販売に関わる業者の方々には、このオーバードーズ問題に一定の責任があると認識していただく必要があると思います。例えば、乱用の恐れがある成分を含んだ風邪薬について、「お一人一点限り」と表示してあっても、何度も繰り返し注文すれば買えてしまうシステムでは意味がありません。市場の自由化の裏で、オーバードーズを後押ししてしまっていることを認識し、責任ある対応をとっていただきたいと切に願います。
 

薬物問題対策で本当に必要なこと・周囲の大人たちにできること

オーバードーズを含め、薬物問題にかかわりそうな子どもたちは現実に少なくありません。この子どもたちを保護する立場にある方たちに、お願いがあります。できるだけ子どもたちを孤立させないでください。

今の社会は、核家族化が進み、世代をこえた関わりが減るなど、人間同士のつながりが希薄になっています。子どもに無関心で仕事に没頭する親。会話が少ない家庭。心を開いて話すことの出来る相手を見つけられない子どもたちは、電子通信機器の世界に逃げ込む。相手が誰なのか知らないで、暇を惜しんであまり実のないメッセージを交換し合う。もしかしたら相手は実在しないかもしれないのに、仮想の世界で心を満たしたつもりになっている。たくさん友達がいるようで、実体としての友人はいない。

そうした孤立した状態で、薬に関する情報がとびこんできて、誰に相談も出来ず、暗闇にはまりこんでしまうという構図です。今の社会構造が病んでいることを認め、各家庭で子どもが孤立しないよう努力をすることも大切だと思います。
 

薬物に関する教育の課題……覚醒剤だけでなく、身近な薬物の危険性も

これまで我が国では、「ダメ。ゼッタイ。」というスローガンを掲げ、薬物乱用防止のための啓蒙活動が行われてきました。この活動が一定の成果をあげていることは評価できます。ときどき薬物事犯のニュースが報道されることはありますが、その事犯数は、欧米に比べると圧倒的に少なく、日本は世界でも珍しいくらいクリーンな国だと誇ってもいいでしょう。最近では、ほとんどの小中学校で、薬物乱用防止に関する講話や授業などが開催されています。一部には「子どもにわざわざドラッグのことを教える必要はない」という意見もあるようですが、一番怖いのは、知らないで罠にはまってしまうことです。「正しく知って怖がる」ことは必要だと筆者は思います。

ただし、日本の小中学校で行われている薬物乱用防止教室で話題にのぼるのは、「覚醒剤」が中心のようです。筆者は、大学で薬物乱用防止を啓蒙する授業を担当していますが、小中学校で受けた講話や授業の感想を学生に聞くと、「覚醒剤は自分の身の周りにはないので別世界の話だと思っていた」「危険な場所や人に関わりさえしなければ大丈夫と思えた」と言った感想ばかりでした。しかし、身近なところにも薬物問題はあります。酒やタバコは立派な依存性薬物の例です。飲酒運転で人を殺してしまった人もたくさんいます。アルコール依存症で人生を棒に振ってしまった人もたくさんいます。

10代に広がりつつあるオーバードーズの問題は、これまでの薬物乱用防止の教育が不十分であったことを物語っているように思えます。酒やタバコ、市販薬などの身近な薬を取り上げることで、「自分たちに直接かかわる問題」という意識を高め、子どもたちの薬物問題への正しい理解をさらに促すよう努めてほしいと願います。
 

カタカナ英語の弊害も……正しくは「薬物過剰摂取」「危険行為」と認識を

最後に、余計かもしれませんが、マスコミ関係者の方や個人で情報を発信している方にもお願いがあります。現在は「オーバードーズとは何か」の正しい意味を知っていただくために記事中でも使用していますが、この「オーバードーズ」という言葉を改められないでしょうか。

「オーバードーズ(OD)ってかっこいいよね」―。そんな書き込みもネット上にあるそうです。おそらくその言葉の意味をよく理解しないで、響きだけでそう受け取っているのかもしれません。

脳内ホルモンは存在しない!神経伝達物質とホルモン」でも詳しく解説しましたが、最近の私たちは日本語の会話の中で、カタカナ言葉を多用しがちです。たとえば、コンプライアンス、ダイバーシティー、サステナビリティ、コミットメント、アジェンダなど。実は、話し手も聞き手も正確な意味を理解していないのに、適当にあやふやなまま雰囲気を伝えるのに便利な言葉としても使われています。

「オーバードーズ」という表現にも、似たような性質を感じます。人の生死にかかわる問題に対して、響きだけで「カッコいい」などと評される言葉づかいをしていいのでしょうか。できれば積極的に、「薬物過剰摂取」「危険行為」といった本来の意味が伝わるような言葉を選んでいってほしいと思います。
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