大規模調査で明らかになった実態
江戸川区が約18万世帯(有効回答数:10万3196件)を対象に「ひきこもり実態調査(※)」を行ったところ、およそ8000人の当事者がいるとわかった。興味深いのは、女性51.4%、男性48.3%という数字だ。ひきこもりは男性が多いという世間の思い込みがあるが、当事者界隈では半々くらいだといわれていた。実際、半々、いやむしろ女性のほうが多いという数字が出たのだ。世代としては、40代が17.1%と最も多く、50代が16.6%、30代が13.9%と続く。ひきこもっている年数は「1~3年未満」が28.7%と最も多く、次いで「10年以上」が25.7%だ。
ひきこもりになったきっかけは、不登校、失業・退職、そして「長期療養を要する病気」が多い。どんな疾病かは不明だが、中には職場の人間関係などからうつ病などになった人もいるのかもしれない。
当事者が求めているものを複数回答で聞いたところ、「就労に向けた準備、アルバイトや働き場所の紹介」が21%でもっとも多く、次いで「短時間でも働ける職場」が18%と報道されている。ところが、実際にいちばん多かったのは、「何も必要ない、今のままでよい」とした人なのだ。これが32%にのぼる。
数年にわたって、いわゆる「ひきこもり」といわれている人たちに話を聞いてきた。彼らは心根がやさしく、多くは「人に迷惑をかけてはいけない」と頑なに思っているまじめな人たちだ。そして何らかの事情で、心の傷を負っていることが多い。自分を肯定できず、人を信頼することを諦めているケースがあるのだ。
支援など必要ないという意見に、本心としてはここから脱したいと思いつつ、これ以上傷つきたくないという気持ちが見え隠れしているように感じてしまう。
数年間、ひきこもった過去をもつ女性
35歳のときに同い年の男性と結婚、今は一児の母でもあるナミさん(40歳)は、20代後半から3年にわたって家にひきこもっていた過去がある。「いろいろなことが重なったんです。職場でパワハラ、セクハラにあってうつ状態になって退職したところ、親からは『おまえが悪いから辞めさせられたんだろう』『働かないなら食うな』と毎日責められた。もともと毒親なんですよ。父は我関せずでしたが、母が『会社勤めひとつできないなんて情けない』『なんのためにここまで育ててきたのか』と泣いたりわめいたり。それで部屋にこもりました。こもっているうちにどんどん自分の人生が情けなくなってきて……。当時、つきあっていた彼もいたんですが、私から別れを告げました。人から追い込まれ、自分でも自分を追い込んでいたと今ならわかりますが、当時はただ、生きるのに疲れていた」
希死念慮もあった。自分でも「このままではまずい」と思いながら、行動する気力がなかったという。
「母もパートに出ていたので、食事は昼間、誰もいないときを見計らって冷蔵庫にあるもので作ったり、深夜にコンビニに行ったり。まれに職場で仲のよかった人から連絡が来たり、学生時代の友人からメッセージが来たりしましたが、すべて無視していました。人と関わるのが怖かった」
それでも彼女が外に出るきっかけになったのは、元カレからの連絡だった。友人とともに起業した彼が「うちでバイトしない?」と声をかけてくれたのだ。1年以上、断り続けたが彼はあきらめなかった。
「とにかく一度、会社に遊びに来てよ、としつこかった(笑)。自分が成功したところを見せつけたいのかもしれない、だったら手厳しいことを言ってやろうと意地悪な気持ちで、やっと出かけてみたんです」
彼は満面の笑みで迎えてくれた。共同代表である彼の友人も、明るい笑顔で話してくれた。3年近く家にこもっていた彼女の気持ちが、少し晴れた時間だった。
「自分で起業するって大変なこと。それをやり遂げた彼に心からおめでとうと言えた。彼は『まだまだこれからだよ』と言いながらも、事務職として自分たちを手伝ってくれないかと言うんです。私、ずっと経理畑だったので、経理を任せたいと」
彼は共通の友人から、彼女の状況を聞いていた。何かできないかと考えていたのだが、起業するにあたって多忙な日々を送っていたから、なかなか手助けもできなくて申し訳なかったと彼女に頭を下げたという。
「彼に別れを告げたのは私なのに、彼は自分が至らないからだと思っていたそうです。社会から離れていた時間が長かったので、最初は週に2日程度、それから徐々に仕事をする時間を増やしていきました。他のスタッフもいるんですが、みんな温かい人たちだったので、過去は過去として再スタートを切ることができました。自分でも奇跡だなと思っています」
同時に家を出て彼と同棲、その後、結婚した。今も彼の会社で経理をしっかり担っている。ナミさんは自分が再スタートを切れたのは、あらゆるタイミングがよかったこと、周りに恵まれたからだと謙虚に話す。
人生、いろいろなことがある。疲れて休む時期も必要なのだろう。彼女の場合、動き出せるときに動き出せる場があったことが奇跡なのかもしれない。
もちろんひきこもったまま、静かに暮らせればいいという人もいるだろう。引っ張り出して働かせればいいというものではない。その人にとって、何がいちばんいいのか、時間をかけて当事者も周囲も考えていく必要があるのではないだろうか。
※参考:令和3年度「江戸川区ひきこもり実態調査」(2021年7月14日~2022年2月28日、有効回答数10万3196件)