粉山椒・実山椒・葉山椒……さまざまな形で楽しめる香辛料「山椒」
小粒でもぴりりと辛い山椒。実は知れば知るほど味わいが深まる、面白い植物なのです
「粉山椒」はウナギの蒲焼や麻婆豆腐などに欠かせませんし、「実山椒」は、佃煮や煮物として食べてもおいしいですね。私自身は、ちりめん山椒が大好物です。白ご飯が止まりません。春には、「葉山椒」や「花山椒」も楽しめますね。
こんなに身近で、利用価値の高い山椒ですが、あまり知られていない山椒にまつわる豆知識を、生物学と薬学の専門家の立場から解説しましょう。
植物としては変わり者?人間のように男女が分かれている山椒の木
みなさん誰しも、小学校の理科で身近な植物の花を観察して、「一つの花は、花びら、がく、雌しべ、雄しべからできている」と習ったことでしょう。確かに、子供にも馴染み深い植物、たとえば桜、朝顔、チューリップなどの場合、一つの花の中に雌しべと雄しべがあって、雌雄両方の機能が備わっています。このような花は「両性花」と呼ばれます。しかし、生物は多様です。植物の中には、雌しべだけしかない雌花と雄しべだけの雄花が別々に分かれているものもあります。このような花は、雌雄どちらか一つの機能しか果たさないので「単性花」と呼ばれます。
さらに、単性花は2種類あります。雌花と雄花が同じ株(一本の木または草)についているのは、「雌雄異花(しゆういか)」と呼ばれ、キュウリやスイカなどが該当します。家庭菜園でキュウリを育てている人は、咲いた花をよく観察してみてください。花びらの下に隠れた部分に注目すると、雌花には、まさにキュウリの実の元になる膨らみがありますが、雄花には膨らみがないことで見分けがつきます。クリ、クヌギ、カシ、シラカバ、マツ、スギなど、身近でよく知られる木も、雌雄異花です。
単性花であり、かつ雌花だけをつける株と雄花だけの株に分かれている植物は、「雌雄異株(しゆういしゅ)」と呼ばれます。山椒はまさにこれに該当します。つまり、山椒の一つ一つの木は、それぞれ雌か雄に分かれているのです。植物としては変わり者かもしれませんが、よくよく考えると、私たち人間が男女に分かれているのと同じです。
ちなみに、イチョウも、雌雄異株の代表例です。雌株はたくさんのギンナンを落とし周囲が臭くなるという理由から、最近は、街路樹には実をつけない雄株が選んで植えられているそうです。
山椒の育て方の注意点……まずは目的にあわせて木と本数を選ぶ
もしみなさんが自宅で山椒を育てて楽しみたいのなら、この「雌雄異株」であることを知っておく必要があります。「花山椒」は、雄の山椒に咲いた「雄花」が食用とされたものですから、花山椒を楽しみたければ雄木(おぎ)を植えなければなりません。
一方、雌の山椒に咲いた雌花からできた果実が「実山椒」で、その果実をしっかり乾燥させた後に種子を取り除いて果皮だけを粉末状に砕いたものが「粉山椒」ですから、実山椒や粉山椒を楽しみたければ、雌木(めぎ)を育てて実がならなければなりません。そのためには、雌木1本だけではだめで、雄木も一緒に育てる必要があります。ミツバチなどの昆虫によって雄花の花粉が運ばれて、雌木の花が受粉して初めて実がなるからです。そのため受粉用に受粉するために実山椒を効率よく収穫することをめざす農家では、雌木10本に対して雄木を1本植えるそうですが、一般家庭で育てる場合は、雌雄1本ずつで十分でしょう。
ちなみに、山椒の雌雄を葉や茎だけで見分けることはほぼ不可能です。4~5月頃になって蕾がつくようになると見分けがつきます。雌花は、根元の方に丸いコブのような膨らみがあり、その先に角のようなものが飛び出ていています。受粉が成立し、この丸い膨らみが大きくなると、最終的に山椒の実になります。雄木の場合は、線香花火のような花がたくさんつき、しっかり咲くと雄しべの先端に花粉があるのがわかります。この区別がつく時期に園芸店などで購入すれば、目的にあった山椒の収穫が期待できますね。
品種改良された山椒も……1本だけで実をつける朝倉山椒・ぶどう山椒
ここまでお話ししてきた山椒は、日本古来から広く分布するものをさしていましたが、山椒にはたくさんの種類や品種改良されたものがあります。「朝倉山椒」は、兵庫県養父市八鹿町朝倉が発祥の地であることからそう名付けられた品種ですが、柑橘系の爽やかな香りとさっぱりした辛みが特徴で実がたくさんつくことから人気となり、全国で栽培されるようになったものです。さらに近年は、とくに大きな実のなる苗木が交配されて、品種改良されたものが出回るようになりました。
和歌山県有田町が原産の「ぶどう山椒」は、朝倉山椒から派生した品種で、ぶどうの房のような形でたくさんの実がなることから名付けられました。果皮が厚くて実が大きく、香りと旨味が濃く辛みが強いという特徴があり、山椒の最高級品とも言われています。
朝倉山椒やぶどう山椒は、普通の山椒と違い「雌雄異花」で、同じ木に雌花と雄花の両方がついているので、1本を育てるだけで実を楽しむことも出来ます。園芸店で売られている山椒の木に雌雄両方の花がついていることが確認できたら、その1本だけを買って育てて、花山椒と実山椒の両方を楽しむのもいいでしょう。
山椒の成分……しびれるような辛みの正体はサンショオール
「山椒」の「椒」の字は、「はじかみ」とも訓読みされ、芳しい香りと辛みを意味します。その独特な感覚をもたらす山椒の成分についても紹介しましょう。山椒の痺れるような辛みの元は、サンショオールというアルコールの一種です。その化学構造は、唐辛子の辛み成分であるカプサイシンと似た部分があり、私たちの体内にあって痛みに関係する分子(具体的にはTRPV1、TRPA1など)に作用すると考えられています。ちなみに、サンショオールは、カプサイシンと同じように熱に強いので、麻婆豆腐のような加熱する料理でも、辛さが消えないというわけです。
山椒に独特な、清涼感を伴う爽やかな香りの元は、シトロネラールという成分と考えられています。レモンやユーカリなど柑橘系の香り(シトラス)なので、そう名付けられました。食欲増進や消化促進、消炎効果があると言われています。また、昆虫を寄せつけない忌避効果もあるので、シトロネラールを多く含む精油は、虫除けスプレーとして使われることもあります。
薬としての山椒……古くから屠蘇散にも使用・生薬としての効果も
山椒は、その特徴的な香りが邪気を祓い、たわわにつく実が子孫繁栄につながると信じられ、「めでたいしるし」の一つとして扱われてきました。無病息災や長寿を願ってお正月に飲む祝酒である「お屠蘇(おとそ)」は、もともと「屠蘇散(とそさん)」と呼ばれる数種類の漢方薬のような生薬を漬け込んだお酒ですが、その中に山椒も含まれていました。薬としても、健胃薬である苦味チンキや漢方薬の処方に用いられ、日本薬局方(日本で用いられる医薬品の公定書)には生薬として収載されています。腹部の膨満感や冷えの改善などに使われる「大建中湯(だいけんちゅうとう)」という漢方薬を構成する4つの生薬の一つが、山椒です。
実はすりこぎとしても最適!? 食の楽しみを広げてくれる山椒
さらに、山椒は、実、花、葉以外にも、高い利用価値があります。他の食材をおいしく楽しむための道具としても、古くから使われてきたのです。すり鉢で食材をすりつぶしたり、ついたりするときに用いる木の棒を「すりこぎ(擂り粉木/摺り子木)」と言いますが、すりこぎに使う素材は山椒の木が最良と言われています。
その理由は、山椒は育つのに時間がかかるため、幹の年輪が密になり、堅く磨耗に強い木に成長するからです。また、抗菌作用があると考えられ、冷蔵庫のなかった時代には、擦った際にわずかな山椒の木のかけらが食材に混ざることで、食あたりが防げると思われていたようです。
コブのような凸凹がついた自然の幹は、手にフィットしてしっかり握りやすいというのも、すりこぎとして最適です。
ゴマや自然薯などを擦るのはもちろん、味噌を濾すのにも使えます。我が家では、少し小さめの山椒すりこぎで山椒の実を挽いて、香りを楽しんでいます。お勧めです!