品種改良でさらにおいしく! 食べやすく変わってきた果物類
品種改良された果物はどれも美味しく、食べやすいものばかり。品種改良の不思議に迫ります
果物類の品種改良の方法はさまざまですが、そのしくみを説明するキーワードの一つが「倍数体」です。少し専門的な言葉ですが、その代表例が、普段食べている「バナナ」です。
今の私たちがよく食べているバナナは、何より甘くておいしいですし、忙しいときでも皮をむくだけで食べられるので、とてもお手軽ですね。種がないことも、人気の理由の一つでしょう。
しかし、バナナの断面をよく見てみると、種の名残りのような模様があります。実は、下の図(イラスト)のように、バナナの原種は、果肉の中に小豆と同じくらいの大きさの硬い種がたくさん入っている、とても食べにくいものでした。そこで、昔の人が、いろいろな種類のバナナを受粉させて掛け合わせているうちに、偶然、種がないうえに、より甘くて栄養も豊富なバナナができることを発見したのです。
倍数体とは……自然交雑や品種改良で3組以上の遺伝子情報をもつ植物
では、少し専門的になりますが、倍数体とは何なのかを、なるべくわかりやすく解説しましょう。私たちの体を構成する細胞の中には、膜で囲まれた球状の「核」があります。その中に体を作る設計図である遺伝情報が格納されています。私たち人間の場合は、父からもらった1セットの遺伝情報と、母からもらった1セットの遺伝情報染を合わせて、1つの体細胞に2セットの遺伝情報をもっています。つまり人間は「2倍体」生物です。人間以外の動物も、極めて特殊な例を除いて、ほぼすべてが2倍体です。
しかし植物の場合は異なります。自然の交雑や人為的な品種改良によって、1つの細胞の中に3セットの遺伝情報をもつ「3倍体」や、4セットの遺伝情報をもつ「4倍体」などが身近なところにも存在しています。
ただ、それらは2倍体よりは珍しいので、とくに3倍以上のものをまとめて「倍数体」と呼んで区別して言います。
「倍数体」の1つの特徴は、背が高くなったり、大きな実をつけたりすることです。
遺伝情報の本体であるDNA(デオキシリボ核酸)には、体を作るタンパク質の設計図が刻まれているので、倍数体の細胞では、より多くのタンパク質が作られます。それを材料にして細胞ができるので、一つ一つの細胞のサイズが大きくなります。細胞が大きければ、各器官や臓器、ひいては体全体が大きくなるというわけです。
ブドウの品種に「巨峰」があります。小粒のブドウをいちいちむいて食べるのは面倒ですが、大粒だと食べやすいですね。しかも、甘くてジューシーとくれば、嫌いな人はいないでしょう。実は、巨峰は4倍体です。ちなみに、昔ながらのブドウ種、例えば、デラウェアやマスカット・オブ・アレキサンドリアは2倍体です。4倍体の巨峰の実は、2倍体の実よりも、大きいというわけです。
ただし、「倍数体」はいいことだらけではありません。むしろ自然な植物の状態から見れば「異常」なものですから、不都合なことも起こります。
倍数体に起こる不都合なこと・デメリット
人間でも、まれに3倍体の例があります。ただし、3倍体だと正常に発育することができないため、たいていの場合はお母さんのお腹の中で亡くなってしまい、この世に生まれ出ることはできません。倍数体が、動物より植物に多いのは、染色体の異常が生体機能に及ぼす影響の違いで説明できるかもしれません。動物、とくに人間は複雑な体のしくみになっているため、少し異常があるだけでも、致命的になると思われます。一方、比較的シンプルな植物は、不都合が生じても、何とか生きられるのではないでしょうか。高度な機械の場合はどこかが少しでも故障すると全く使えなくなってしまいますが、昔ながらのシンプルな機械はどこか不具合があっても何とか使い続けられたりすることと、似ています。
3倍体の植物に起こる不都合なことの1つに、「種なし」があります。
子孫を残すために体の細胞が分裂して配偶子(動物の場合は精子または卵子)となるときには、染色体の数が半分になります。これを「減数分裂」と言います。2セットの遺伝情報をもった2倍体からは、1セットの遺伝情報をもった配偶子が作られ、それが生殖に使われます。しかし、たとえば3倍体の場合は、3の倍数が2で割りきれませんので、うまく減数分裂ができず、配偶子を作ることができません。配偶子がなければ、当然、受精が成立せず、種子はできません。
実は、バナナの原種は、普通に2倍体で、「種あり」でした。上述したように、昔の人がいろいろな種類のバナナの交配を試すうちに、偶然に3倍体のバナナができました。3倍体は、配偶子を作ることができず、実ができても「種なし」となりました。それが、今の私たちが好んで食べている「種なし」のバナナなのです。
子孫を生み増やせないのに、種なしバナナが絶滅しないのはなぜ?
今のバナナと色や味などは違っていたと思いますが、「種なし」のバナナは、何千年も前の大昔に見つかり、それからずっと私たち人間に食されてきました。種なしバナナは種がないわけですから、子孫を残すことはできません。それなのに、どうして絶滅しないのでしょうか。不思議に思いませんか。
理由は2つあります。1つめは、バナナが多年草だからです。バナナは、実をつけると地上部分は枯れてしまいますが、地下部分は生きており、根茎から新しい芽を出します。3倍体の株からは3倍体の芽が出るので、季節が巡ってくると、また花を咲かせて「種なし」の実をつけます。環境が変わらず、これがうまく繰り返されれば、同じ個体がずっと生き続けることができます。
ただし、自然界では環境が時々刻々と変化しますので、いくら多年草でも永遠に生き続けることは困難なのが現実です。バナナが絶滅しないのには、もう1つ大きな理由があります。私たち人間にとって「とても食べやすくおいしかった」からです。
人間に「存在価値」を認められたバナナは、人間の手で大切にされ、個体が絶滅しないように、何千年もの間、維持し続けられてきたというわけです。具体的には、私たち人間は、種なしの実をつけるバナナの芽を切り離して、別の場所に植えかえることで、どんどん株を増やしていきました。その結果、子孫ができなくても、バナナは毎年花を咲かせて「種なし」の実を付け続けることができているというわけです。
生物的には長く生存することは難しそうな「異常」な個体なのに、人間に「かわいがってもらえる」ことで、長生きできているというのは、おもしろいですね。「うまく生きていくには人に好かれることも大事」という生存戦略の1つの方法を、種なしバナナは教えてくれているのかもしれません。