「同居が前提」とは聞いていなかった
「そもそも結婚するときに、私は別居が当然だと思っていて、彼は同居が当然だと思っていたという大きなすれ違いがあったんです」そう言うのは、ナツミさん(39歳)だ。30歳のときに1年つきあった同い年の彼と結婚。7歳と3歳の子がいる。
「私は都心から1時間半ほどの近郊で生まれ育ったけど、行動範囲はほぼ都内。彼は都内23区内の生まれです。結婚したら当然、都内でふたりきりの生活が始まると信じていた。ところが結婚直前に彼が、『結婚までにはうちのリフォームも終わるからさ』と言い出した。そうなんだ、よかったねと言ったら、ちゃんと二世帯住宅にしたからと。彼にはお姉さんがいるので『お姉さん一家が住むの?』と聞くと、『何言ってんだよ、オレ長男だよ』って。そこで初めて、私が彼の実家に同居するために二世帯住宅にリフォームしたんだと知りました。どうして相談してくれなかったのと大げんかになったんです」
リフォーム費用は義父と夫の折半だったようで、今さら賃貸を借りる余裕はないと彼は言った。ナツミさんは真剣に婚約破棄を考えたが、「今後は相談するから」という彼の言葉を信じるしかなかった。
「二世帯住宅といっても、玄関も一緒、お風呂は1階にひとつだけ。何をリフォームしたのかと思ったら、2階に小さなキッチンを作っただけでした。水回りのリフォームは金がかかるんだと言われたけど、それならせめて2階にもシャワールームとトイレは作ってほしかった」
渋々ながら同居生活を始めたが、ナツミさんにとっては地獄のような日々だった。同居するからには、この家の主婦はナツミさんと義母から言われた。
「主婦がふたりいると混乱するからって。ただ、食事だけは別にしたいと私が強硬に言ったので、一応、それはOKしてもらいました。私も仕事をしているので、私が帰宅するまでに義父母の夕飯はせめて支度だけでも終えておいてほしい、キッチンを同時にふたりで使うのは無理だからと言っておいたんです」
だがナツミさんが仕事を終え、スーパーに寄って帰宅すると、いつも義母が夕飯の準備をしている最中。義母は仕事をしているわけではないのだから、もう少し早くキッチンを使ってほしいというと、「おとうさんに冷たいものを食べさせるわけにいかないもの」としれっと言う。
結局、ナツミさんは夕飯の支度が遅れる。そうこうしているうちに夫が帰ってきてしまう。夫は「めんどうだからいいよ、かあさんがたくさん作ってるんだから、これですまそう」ということになる。
姉一家が帰国、同居解消のチャンスが到来?
ところが義母の料理がナツミさんには合わなかった。「義父が東北出身ということもあるんでしょうけど、味が濃いんです。うちは両親ともに関西出身なので薄味、出汁重視なんですよね。しかたがないので、私はよく自分のためだけに一品作って、みんなが食べ終わるころに食べ始めていました」
テーブルに置かれたままの皿や茶碗を、ナツミさんが食後にひとりで洗っていた。義父母はリビングでテレビを観ており、夫はさっさと2階へ上がってしまうのだ。
「そういう生活をしていたら、1年で5キロ痩せました。そのころ海外にいた夫の姉一家が帰国することになった。とりあえずは落ち着く先がないので実家に住まわせてほしいと連絡が来たみたい。夫が困っていたので、『私たちが出よう』とたきつけて、さっさと賃貸マンションを見つけてきたんです」
姉一家には感謝され、ナツミさんもようやく新婚気分を味わうことができた。ふたりで住んでみれば、夫は食後の皿洗いも自らやってくれる。実家にいると、そんな気分にはなれないのかもしれない。
ただ、住んでいるのは夫の実家から徒歩15分ほどのところ。夫が母親に合鍵を渡したようで、ナツミさんの妊娠がわかってからは、義母が当たり前のように家に入り込んできた。
「妊婦さんなのに働いてかわいそう。私は何でもやってあげるからって。いや、だったら来ないでくれるのがいちばんストレスないんですけどと言いたかった。夫も『家事はおふくろにやってもらえばいいよ』なんてドヤ顔。親切ごかしに来ては、私のアルバムやら大事にしている手紙なんかも読んでいたみたいなんですよね。位置が変わっているからわかるんです」
夫に訴えても、「見られてまずいものがあるわけ?」と言われてしまう。そうではなく、プライベートゾーンに勝手に侵入されることじたいが不快なのだと訴えてもわかってもらえない。
「産休に入ってから義母にはやんわりと来ないでほしいと伝えたけど、理解されなかった。『私がいてあげるから大丈夫』って。それでいて結局、産気づいたときには義母も夫もいなくて……」
育休もろくにとらずに職場復帰しようとすると、「かわいそうよ。保育園になんて預けないでいいから。私が面倒見るから」とまた義母が干渉してくる。それを振り切って保育園を決めた。その後、姉一家も家を見つけて出ていったので、義母はますます時間ができたようで、「朝起きてキッチンに行くといる」ということもあった。
「だんだん別居している意味がわからなくなってきました。いつ義母がやって来るかわからないから気が休まる暇がなくて。つい先日、夫に『玄関の鍵を変えたい。義母さんが勝手に入ってくるのがもう嫌、我慢できない』と訴えたんです。夫は私の尋常じゃない荒れっぷりにびっくりしたみたいで、『来ないように言っておくよ』と。それから少し平穏な日が続いていますが、義母から電話やLINEがひっきりなしにくることもある。数日前、もう本当に嫌になって着信拒否してしまいました」
板挟みになっているとはいえ、夫の緩い対応もナツミさんを苛立たせる。いつになったら心穏やかな日常を送ることができるのか、ナツミさんは今日もイライラする自分と闘っているという。