「賢い子」ってどんな子? テストで高得点なら賢いと言えるのか
人間の本当の「賢さ」とは? テストの点数や学校の成績では計れないものかもしれません
「賢い」とはどういうことでしょうか。学校のテストでいい点をとったり、断片的な知識をたくさん丸暗記して有名な進学校に合格した子を見て、「あの子は賢いねえ」と評する方もいらっしゃるでしょうが、私はそれは違うと思います。学校で教えられた内容をちゃんと身につけ、努力して成果をあげられたのはすばらしいことですが、それは「賢い」わけではないと思います。私が思う「賢い子」というのは、人の悪口を言ったりイジメたりしない、人の気持ちを汲み取って優しくできる、自分の感情を上手にコントロールして我慢ができるーそんな子たちです。なので、クイズに正解しただけの大人を「賢い」とは思えないのです。
私が思う「賢さ」は、人間らしい「社会性」を発揮するために必要な能力です。それを支えている脳の領域が、まさに前頭葉の一番前の「前頭前野」なのです。
人間の脳でもっとも発達している「前頭前野」とは
下の図に示したように、動物と人間の脳を比べると、前頭前野の大きさ(全体に占める割合)が、人間で圧倒的に大きいことがわかります。 人間に最も近いと言われるチンパンジーでも、前頭前野の大きさは大脳全体の8%くらいですが、人間はおよそ30%を占めています。まさに「人間らしさ」を表す脳領域が、前頭前野と言ってよいでしょう。ちなみに、前頭前野には別名があり、「前頭前皮質」または「前頭連合野」と呼ばれることもあります。成書によって用語が違っているかもしれませんが、同じものをさしているとみなしてください。
前頭前野は、とくに人間でよく発達した部分ですから、やはり人間で研究しないと分かりませんね。私自身も、前頭前野に対する薬の影響を調べるために、ネズミを使って実験したことがありますが、「ネズミを使っても人間の前頭前野のことは分からない」という限界を感じました。ですので、前頭前野の構造と働きは、まだ研究途上で、分からないことがたくさん残されています。
ただ、これまでに、前頭前野を損傷したことで特徴的な変化を示した患者さんの症例から、前頭前野がどんな役割を果たしているのか分かってきたことがあります。今回は2つの有名なエピソードを紹介しましょう。
前頭前野の腫瘍摘出で、料理が作れなくなってしまったケース
「ホムンクルスとは?大脳皮質のマッピングで現れる脳の中の小人」で紹介したように、1930年代にカナダの脳神経外科医ワイルダー・ペンフィールドは、てんかんの患者さんに対して局所麻酔による外科手術を行い、大脳皮質の局所刺激とそのときの反応を克明に観察・記録することによって、とくに運動野と感覚野の詳しい機能分布を明らかにしました。このペンフィード博士の実のお姉さんが、脳腫瘍を患い、手術を受けたときのエピソードが残されています。ペンフィールドの実姉に腫瘍ができたのは、右側の前頭前野の上部でした。そこで、1928年11月にその部分を摘出する手術を受けました。手術は成功し、前頭前野のかなりの部分を失っても命に別状はなく、約1年後に退院できましたが、ちょっとした不具合が起こりました。
もともと料理が得意で、多くの友人を自宅に招くのが好きだった彼女は、自分の退院を祝うパーティーを開くことにしました。そこで以前と同じように、料理を作ろうとしたのですが、食材や料理器具を目の前にして、何から手を付けたらいいのか分からず、呆然と立ち尽くしかできなかったそうです。
実は、料理は非常に知的な活動です。どんなものを作るか献立を考え、そのために何をそろえればいいのか計画を立て、どのような順番で作業を進めれば効率よく料理ができるかを判断し、それを手際よく実行に移していかなければなりません。てきばきと複数の作業をこなして上手に料理を作れる人を見ると、私は「頭がいいなあ」と尊敬します。そして、これを達成できる脳の働きを「判断実行機能」と言います。
ペンフィールドのお姉さんは、前頭前野の上部を失うことで、「判断実行機能」が損なわれたのでした。このことから、前頭前野が「判断実行機能」に必要不可欠な役割を果たしていることが明らかになりました。
前頭前野の損傷で性格が変わってしまったケース
1848年9月13日、アメリカで鉄道建設の作業員として働いていたフィネアス・ゲージ(当時25歳)は、現場で岩盤を爆破する作業をしていました。あるとき、岩に深く空けた穴に火薬と砂を入れて、鉄の突き棒で固める作業をしていたところ、突然火薬が爆発しました。そして、そのとき使っていた長さ1m・重さ6kgほどの鉄棒が、下顎から上顎を貫いて頭蓋骨を貫通するという痛ましい事故が起きました。しかし、驚いたことに、幸い彼は命を取り留め、2ヶ月余りで退院したのでした。その後ゲージは苦難を乗り越えながら、自力で働くことができるまで、肉体的には健康を取り戻すことができました。ただし、脳の一部を大きく損傷したことによって、精神的な変化が起こりました。
もともと彼は、仕事熱心で責任感も強く、職長を務め、部下にも尊敬されていたそうです。ところが、事故後の彼は、自己中心的で、ときおりひどく無礼で罰当たりな言動をするようになりました。とくに、自分のやりたいことを止められると我慢ならず、すぐに「キレる」という状態になりました。また、優柔不断で自分で物事を決めることができず、何かをやり始めてもすぐにやめてしまいました。彼の友人や知人から「もはやゲージではない」と言われるほどの人格と行動の変化を生じたのでした。
ひどい傷を負ったにもかかわらず、命に別状なく日常生活を営めるようになったゲージの様子から、「脳は損傷されていないのでないか」という疑問が投げかけられるくらい、議論が巻き起こりました。当時は、CTやMRIのような画像検査技術はまだありませんから、結論の出しようがなかったのです。そして、ゲージは、1860年5月21日に亡くなり、極めて稀な症例だったため、その頭蓋骨がハーバード大学の博物館に保管されることとなりました。
時が流れ1994年、保管されていたゲージの頭蓋骨が改めて詳細に調べられることになりました。CT検査によって頭蓋骨がスキャンされ、上部と下部に空いた大きな穴の位置がCG上で正確に割り出されました。もはや彼の脳は存在していませんが、標準的な人間の解剖データを当てはめたときに、その穴を鉄棒が貫通したとすれば脳のどこが損傷されたかが推定されました(Science 264(5162): 1102-1105, 1994)。その結果、左の前頭前野の下部がもっとも大きく損傷されていたと結論づけられました。
この症例から、前頭前野は、人間性や社会性を含めた、いわゆる「人格」の形成に必要不可欠な役割を果たしていることが分かりました。