脳の反応で感情がわかる! 最新の脳画像技術から見えた「褒める」効果
物をあげた方がやる気になるはず! その考え方は注意が必要です
そんな限界を突破できると期待される新しい脳機能イメージング技術が、1990年代の初頭に開発されました。前の記事「機能的磁気共鳴撮像法(fMRI)…脳の形態と機能を同時に見ることができる原理は?」で紹介した、fMRIです。
fMRIでは、磁場をかけたときの体内部組織の応答の違いを画像化する技術のMRIを応用し、脳の「構造情報」の上に、局所血流の変化を反映した「活動情報」を重ね合わせて表示することによって、私たちが何かをしている瞬間に脳のどこが活発に働いているかを類推できるようになったのです。
近年は、この画期的な脳機能イメージング技術を用いて、以前は不可能だった人間の脳の働きを解明しようという試みがたくさん行われるようになりました。今回は、私がおもしろいと思った研究例のうち、「褒める」ことの効果を示唆した報告を紹介しましょう。子育て方法に悩む親御さんたちにもきっと役立つ情報だと思います。
賞金にも誉め言葉にも、脳は同じように喜ぶ? fMRIで明らかになった脳の反応
2008年、自然科学研究機構生理学研究所(愛知県岡崎市)の研究グループは、平均年齢21歳の男女19人に協力してもらい、ゲーム等をしながら測定したfMRIのデータを発表しました(Neuron, 58: 284-294, 2008)。その報告によると、カードゲームに勝って賞金が得られたときには、脳の中で特に「線条体」と呼ばれる脳部位の血流増加が確認されたそうです。線条体は、体の動きを調節する大脳基底核の一部で、その働きが悪くなるとパーキンソン病などの運動障害が引き起こされることがよく知られています。また、私たちが何かを行うときには、目標を達成するために最善の策は何かを判断して「意思決定」をすることが必要ですが、その機能を担っているのも線条体です。加えて、今回の研究データは、ゲームに勝ってご褒美(報酬)がもらえたことに対して、線条体が反応するということが示されたのでした。
次いで、同研究グループは、同じ人たちに対して、お金などのご褒美を与えず褒め言葉だけをかけたときに脳のどこが反応するかも調べました。すると賞金をもらった時と同様、同じ「線条体」が反応したのです。つまり、私たちの脳は、言葉で「褒められる」ことを、お金など実際の「報酬」を受け取ることと同じように感じ、喜んでいることが初めて示されたのでした。
育児にも効果! 「物で釣る」必要はなく、「正しく褒める」ことが大切
物でも言葉でも、脳は本来同じように喜び、反応しているのです。この事実を子育てにも応用してみましょう。例えばなかなか勉強しない子どもに対して、「テストでいい点をとったら好きな物を買ってあげるよ」などと誘いかける親御さんも多いかもしれません。ただ褒められるのではなく、物をもらえた方が嬉しいはずで、子どももやる気が出るだろうと考えるからですね。
しかし、この働きかけは止めた方が賢明です。感情を左右する脳は、どちらも同等の嬉しさとして反応しますし、さらに物で釣るような誘導にはデメリットもあるからです。
仮にご褒美を目当てにいい点がとれた場合、子どもは「いい点を取れたこと」に対してではなく、「好きな物を買ってもらえた」ことに価値を感じてしまいます。物を買ってもらうことが目標にすり替わっているからです。これが繰り返されると、「何も買ってもらえないのなら勉強する意味がない」という考えに陥ることさえあります。これでは本末転倒ですね。
先述した研究結果でも、お金や物をもらえることと、成果が評価されて褒められることの2つは、脳にとっては同等のことです。せっかく脳が同様に喜びを感じているのなら、わざわざ物に価値をおいた提案をする必要はないでしょう。
お子さんが成功したときには、物を買ってあげるよりも、しっかりとそのことを評価して、「正しく」褒めてあげた方が、長期的に見てもよいのではないでしょうか。
価値観・道徳・芸術は脳でどう生まれたか……fMRIが拓く脳科学の未来
今回紹介したのは、fMRIを用いた脳研究例の一つにすぎません。おもしろい脳科学研究は他にもたくさん行われていますので、これからどんどん紹介していきたいと思います。私たち人間特有の価値観や道徳観、宗教や芸術、文化などの精神世界が、脳のどこでどのような仕組みで形作られているのか。多くの人が興味をもちながら、これまで解き明かすことのできなかった疑問が、fMRIという新しい技術によって少しずつ解き明かされようとしています。脳科学研究の今後の展開に期待しましょう。