脳科学・脳の健康

脳梁を切断するとどうなる?「分離脳」から考える右脳・左脳

【脳科学者が解説】左右の大脳半球、いわゆる左脳と右脳は脳梁でつながっていますが、この脳梁が切断されて右脳と左脳が独立した状態を「分離脳」と言います。重度のてんかん治療のために「脳梁離断術」という手術もあります。「右脳・左脳論」にもつながった「分離脳」研究についてわかりやすく解説します。

阿部 和穂

執筆者:阿部 和穂

脳科学・医薬ガイド

分離脳とは……左脳と右脳が独立した状態・手術で分離させることも

分離脳研究と右脳・左脳論

右脳・左脳の違いはよく話題になりますが、左右の大脳半球の独立性を証明する、数々の報告があります

1981年のノーベル生理学・医学賞は、脳に関する研究を行った3名の研究者に与えられました。その一人がアメリカの神経心理学者ロジャー・ウォルコット・スペリーで、受賞対象となった内容は『大脳半球の機能分化に関する研究』でした。

記事「男性脳・女性脳は違うのか?右脳と左脳をつなぐ脳梁の性差と真偽」で解説したように、脳の中心にある視床のすぐ上の辺りに「脳梁」と呼ばれる構造があります。左右の大脳半球の神経線維が往来する通り道です。この「脳梁」が切断され、左半球と右半球が独立した状態にある脳のことを「分離脳(Split-brain)」と言います。また、このような状態を生み出す外科手術のことを「脳梁離断術」と呼びます。

重度のてんかんでは、脳の局所で発生した異常な電気信号が脳全体に伝わってしまうことで、強い痙攣や意識障害が現れますので、それを治療するためには、電気信号が拡がらないように神経のつながりを外科的に断ち切ってしまえばよいと考えられました。その一つが、脳梁にナイフを入れて左右の大脳半球を離断する方法だったのです。
 

「右脳・左脳論」につながった分離脳の研究…脳梁を切断するという試み

スペリーは、この分離脳を研究し、てんかんの治療に役立つ知見を数多く報告するとともに、分離脳の患者を対象にした実験から、左右の大脳半球が独立した働きをしているという考えを導き出したのでした。今の脳科学分野でも大きな議論を巻き起こしている「右脳・左脳論」につながる研究とはどんなものだったのか、詳しく解説します。

脳にナイフを入れて左右に切り離す……。聞いただけで怖いですね。誰が最初にこんなことを思いついたのでしょうか。

脳外科技術の確立においては、19世紀末、生きた人間に対して数々の新しい脳外科手術に挑戦したイギリスのビクター・ホースリーを忘れてはならないでしょう。そして、脳梁離断術を最初に行ったのは、1940年代、アメリカの外科医ウィリアム・P・ヴァン・ワジネンだと言われています。

この手術は、薬での治療が困難なてんかん患者に対して、一定の改善効果を示しました。しかし、「分離脳症候群(Split-brain syndrome)」と呼ばれる不可思議な後遺症を生じました。左右の大脳が分離されることによって、各半球がそれぞれ独自の知覚や情動、考えを生じ、まるで1つの体に2つの「頭脳」や「心」があるかのような言動が生じたのでした。それは、二重人格をテーマにした小説「ジキル博士とハイド氏」に因んで、「ジキル-ハイド効果」とも呼ばれました。
 

左右の大脳は独立して働くことができる

この不思議な現象に興味をもったスペリーは、1950年代に、ネコを使った実験で再現を試みました。脳梁と視交叉を切断されたネコは、左目は左の大脳、右目は右の大脳とのみ連絡できる状態になります。そこで、右目をふさぎ、左目だけである図形を見させた後、同じ図形を提示しました。同じ図形を左目で見たときには、それを覚えている(見たことがある)という反応が得られましたが、右目で見たときには、無反応でした。つまり、左の脳内で起きていることを、右の脳は全く関知していなかったのです。これは、分離脳では、左右の大脳を完全に独立したものとして扱ってよいことを意味していました。

1960年以降、スペリーとその教え子だったマイケル・ガザニガは、分離脳となった人を対象に、様々な実験を行いました。

スペリーとガザニガが、分離脳患者に対して行った最初の実験は、やはり視覚に関するものでした。患者は、ライトが水平に並んだボードの前に座り、電球が左右両方の視野を横切るように点滅するライトを見せられました。その後、見えたものを説明するよう求められた患者は「右側のライトが点灯した」と言いました。左側のライトについては口で説明できませんでした。しかし、点灯したライトの位置を指さすように求められると、左右両方の視野を指したのでした。

この不思議な結果はこう説明されました。分離脳患者では、上のネコの実験とは少し違って視交叉は存在しており、左右どちらの目で見ても右方の視野の情報は左後頭葉の一次視覚野に伝わります。逆に左方の視野の情報は右後頭葉の一次視覚野に伝わります。同じ側の視覚野と運動野の間の連絡は生きていますので、左右に見えるものは、左右の脳でそれぞれ独立して認識でき、指でさすという「行動」で表現できたのです。しかし、言語中枢は左半球にしかありません。そのため、右方の視野のライトが見えたことを、左の脳が認識して言葉にして表現することはできましたが、左方のライトが見えたことを右の脳が認識できても、それを右の脳だけで言葉にすることはできなかったのです。
 

右脳・左脳は独立している? 左右の大脳の独立性を証明する数々の証拠

スペリーとガザニガは、触覚に関する実験も行いました。分離脳患者に見えないように右手でペンを触ってもらうと、きちんとペンだと答えることができました。しかし、左手で触った場合には、答えられませんでした。

この結果はこう説明されました。触覚については、左右交叉して脳に伝わりますが、右手の知覚神経からの情報が左半身にうつるのは、脊髄の中です。脳梁ではありません。なので、脳梁を切断された分離脳の患者でも、右手の感覚はちゃんと左の脳に伝わり、言語中枢の働きで言葉として言い表すことができます。しかし、左手の感覚が右の脳に伝わっても、右の脳だけでは言葉にすることができなかったというわけです。

視覚と触覚を組みあわせた実験も行われました。分離脳患者の左視野に、ある特定の物が写った写真を提示しても、それが何かを口頭で答えることはできませんでした。しかし、目隠しの状態で左手で触った物体を、写真中にある複数の物の中から指さして選ぶという課題には、正解できました。

さらに、分離脳患者は、左視野にあるものが何か口で説明できなくても、そのとき見えたと思うものを目を閉じて左手で絵に描くように指示すると、ちゃんと描くこともできました。

この結果の理解には、「右の運動野から出た神経線維は延髄レベルで交叉して左半身に達する」ということを知っている必要があります。脳梁が切断されていても、右の大脳の運動野から出た指令は左手にちゃんと伝わります。これをヒントに、脳科学者になったつもりで、ご自分で説明してみてください。
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