右脳・左脳の違い? 大脳の左半球と右半球に機能局在はあるのか
「右脳」「左脳」といった話題は多くの人の興味を引きつけるようです。実際に大脳の左右差はどの程度あるのでしょうか?
しかし、機能によっては、左半球もしくは右半球のどちらか片方に局在しているものもあります。典型的なのは、「失語症研究がきっかけに…大脳の「機能局在論」とは何か」で解説した「言語中枢」です。表現したい内容を言葉にするのに必要な役割を果たしている「表現性言語野(=ブローカ野)」は、90%以上の人で左半球の前頭葉にしかありません。人の話や書かれた文字を言葉として読み取るのに必要な役割を果たす「受容性言語野(=ウェルニッケ野)」も同じです。
まれに右半球に言語中枢をもつ方がいますが、ブローカ野とウェルニッケ野は必ず同じ側にあります。たとえば、ブローカ野を左半球に、ウェルニッケ野を右半球に持っているという方は存在しません。ブローカ野とウェルニッケ野は、同じ大脳半球において、ウェルニッケ野より後方にある「角回」という脳領域を経由して、「弓状束」と呼ばれる神経路を通じてお互いにつながっています。相手の話を聞き取って、それに言葉を返すというコミュニケーションをスムーズに成立させるには、どちらか片方でまとめて処理したほうが早いからでしょう。
機能局在があると言えばある、ないと言えばない。そんな微妙な関係の大脳の左半球と右半球の役割について、今回はより詳しくお話ししましょう。
左利きは言語中枢が右半球? 利き手と関連付けるのは解釈の誤り
言語中枢の左右差について補足をしておきましょう。「言語中枢が左右どちらにあるかは、利き手と関係する」という説があります。事実、言語中枢を右半球にもっている人の割合は、右利きの人でわずか数%なのに対して、左利きの人では30~50%もいると言われています。これだけ聞くと、利き手と言語中枢の分布の関係があると思いがちですが、早合点しないでください。それは大きな誤解です。数字のトリックにあなたはひっかかっているだけです。
そもそも、右利きと左利きの総人数には大きな差があります。利き手がどうやって決まるかは解明されていませんし、矯正されることがあるため、正確な数値はわかりませんが、世界中の人口のうちで、左利きの割合はおよそ10%だと言われています。そこで、右利きの人が9人、左利きの人が1人いて、全員が左半球に言語中枢をもっていると仮定します。そして、右半球に言語中枢をもつ人が2人見つかり、1人は右利き、もう1人は左利きだったので、それらのデータを加えて割合を計算するとしましょう。するとその結果、言語中枢が左半球にある人の割合は、右利き10%(10人中1人)、左利き50%(2人中1人)となりますね。たった1人のデータなのに、右利きだった場合と左利きだった場合で、全体に占めるその1つのデータの重みが全く違っているということに気づきましょう。
議員選挙において、「一票の重みの違い」が問題視されているのと同じです。一票の重みが違う結果を同等に扱うのは違法だと議論されているくらいですから、左利きと右利きのデータを比べること自体、無理があるのです。たとえ、右半球に言語中枢がある人の割合が左利きで多いように見えるデータがあったとしても、それは数字のトリックであって、「言語中枢の局在は利き手と関係する」という意味ではないことをしっかり理解しましょう。
結局のところ、左利きでも、左半球に言語中枢をもつ人の方が多いわけですから、「利き手に関係なく、言語中枢は主に左半球に局在する」と考えるべきです。
また、言語中枢がある側の半球を「優位半球」ということがあります。これは本来、てんかんの治療などを目的として脳の一部を切除するときに、言語中枢のある側を不用意に取り除いてしまうと、失語症を含む重い後遺症が現れることがあるので注意が必要という意味で設けられた言葉です。しかし、言語中枢のある半球の方が「優れている」かのように勝手に解釈され、「優位半球」という言葉が独り歩きしているようです。そしてそれが、脳の左右に優劣があるかのように拡大解釈された仮説、いわゆる「右脳・左脳」説につながっているようですので、みなさんにはだまされないように気を付けてほしいと思います。この問題点については、別記事で詳しく解説したいと思います。
右目・左目は脳にどうつながっているのか
次は視覚について考えてみましょう。私たちが両目をもっている意味はいろいろあります。たとえば、片目よりも広い範囲の物が一度に見えて視野が広くなることや、見ているものの奥行情報がわかり遠近感が得られることなどが考えられます。そして、両目に合わせるように、視覚を担う「視覚野」は左右両半球の後頭葉にあります。ただ、体の運動や体性感覚が左右交叉しているのと同じように、左目と右半球の視覚野、右目と左半球の視覚野がつながっていると思われがちですが、少々違います。実は、左目も右目も、左右両方の視覚野とつながっています。その配線が巧みに設けられており、左右どちらの目で見ても、自分の体の中心より左半分にある世界の様子が右半球後頭葉の視覚野に投影されるようになっています。逆に右半分にある世界の様子は、左半球後頭葉の視覚野に投影されるようになっています。詳しい神経の配線については、別記事で詳しく解説しますが、「右半分の世界を左半球が、左半分の世界を右半球の視覚野が見ている」と覚えておくとよいでしょう。
その証拠に、右半球の視覚野を損傷した方は、右目、左目のどちらで見ても、左半分の世界がまったくわからないという状態になります。そのため、たとえば鏡を見ながらお化粧をしたときに、顔の半分に化粧をし忘れているのに気づかないといったことが生じます。
聴覚・嗅覚・味覚にも左右差はあるのか
聴覚についても考えてみましょう。物理的に考えて、外界で発生した音が、左右どちらか一方の耳だけにしか入ってこないということは少ないので、聴覚の左右差はほとんどありません。左耳で受け取られた音の情報は、左半球にも右半球にも伝わります。右耳の場合も同じです。聴覚の中心をなす「一次聴覚野」は、大脳新皮質の側頭葉の上部に、左右同じようにあります。恋人に話しかけるときや、人に頼みごとをするときには、「左側から」話しかけるのがいいといった話を聞いたことはありませんか? いわゆる「右脳・左脳」説を拡大解釈した人が、「右脳は感情的な脳で、左右交叉しているから、左耳に音を入れれば右脳の感情に直接訴えかけることができる」と考え、そのように唱えているのだと思います。しかし、残念ながら、それは誤りです。上で説明したように、耳に入った音は、左右両半球にほぼ同じように伝わりますから、左右どちら側から話しかけても同じです。「左側から話さないといけない」と考えて、わざわざ位置を変えるなどというのは、無意味です。
ただし、左右の一次聴覚野まで伝わった音の内容が解釈される「認知」のプロセスには、左右差があります。たとえば、言語として理解するのは、左半球の役目です。音楽鑑賞は、右半球の方が得意と言われています。
嗅覚は、鼻の穴の奥にある嗅細胞がにおいの元になる化学物質を受け取り、その情報が大脳新皮質の前頭葉にある「嗅覚野」に伝えられたときに生じます。味覚は、舌にある「味蕾」中の味細胞が味の元になる化学物質を受け取り、その情報が「味覚野」に伝えられたときに生じます。ただ、人間が感じる味は複雑なので、味覚に関係する脳の仕組みはまだ十分に解明されていません。「味覚野」に相当する場所は、大脳新皮質の頭頂葉の下部(前頭葉と側頭葉の境目近く)にあると考えられています。いずれにしても、嗅覚や味覚に左右差があるという報告はほとんどありません。
「右脳」「左脳」といった話は多くの人の関心を引き付けるようですが、脳の左右差はあるようでなく、議論が尽きません。他の機能についての左右差については、別記事で改めて取り上げたいと思います。