脳の持つ機能は部位ごとに違う? 脳科学で明らかになってきたこと

言葉がうまく出てこないイメージ

うまく言葉が出てこない、文章が読み取れない……失語症研究から、ある脳の仕組みが明らかになりました

人間だけが創造的になれたのはなぜか?脳で紐解く動物との違い」で解説したように、私たちの脳のうち、たくさんのシワがあり、果物の皮のように大脳の外表を覆っている部分を「大脳新皮質」と呼びます。ここが大きく発達したため、私たち人間は他の動物より高度な能力をもつことができたと考えられています。

今の皆さんは、どこかで「大脳のこの場所はこんな働きをしている」という話を聞いたり、脳が活動している時の画像データを見たことがあり、「大脳の特定の部位が特定の機能を担っている」と聞いても、さして驚かないことでしょう。しかし、まだ脳のことがよくわかっていなかった時代には、そんなことは思いもよらなかったのではないでしょうか。脳科学の発展に伴って、誰かがそれを見つけて、今の「常識」があるのです。

脳、特に大脳新皮質が、シワで区別される部分ごとに違う機能を担っており、それが比較的個人差がなく決まっているとする考えを、一般に「機能局在論」と言います。今回は、大脳新皮質の機能局在論がどのように生まれたのか、黎明期の研究を紹介します。
 

失語症患者の脳解剖で発見された、脳の「機能局在論」

1861年4月のこと、フランスの精神科医ピエール・ポール・ブローカが勤務するビセートル病院に、ルボルニュという51歳の男性が入院してきました。その男性は、その20年前の31歳の時に病気にかかり、言葉を話せなくなっていました。ただ、まったく声がでないわけではありません。発声はできるのですが、意味のある言葉がでてこず、手を動かしながら「タン、タン」としか言えなかったのです。なので、周囲の人は、彼のことを「タン」と呼んでいたそうです。なお、ルボルニュさんは、その他の知能は正常で、しかも人が話すことはきちんと理解できて、いろいろなジェスチャーを使って大体の意志の疎通をはかることはできていました。また、自分で言いたいことを自発的に言葉に表すことはできませんが、与えられたセリフを読み上げることはできたそうです。そしてその後、ルボルニュさんは運動麻痺が始まって寝たきりとなり、ブローカ博士に出会って間もなく、亡くなってしまいました。

発声はできても自分で考えたことを言葉に表すことができないという、今の分類でいえば「運動性失語症」に該当する症例だったため、ブローカ博士は、亡くなったルボルニュさんの脳を解剖してどんな異常があったのか確かめることにしました。そうしたところ、左の大脳新皮質の前頭葉の下のあたりに大きな空洞となった脳梗塞部位が見つかりました。そこで、ブローカ博士は、「言葉を話す」という能力を発揮するには、この脳の部分が必要不可欠な役割を果たしていたと考えました。その後いくつか似た症例(レロングという84歳の脳卒中患者など)が確認されたことで、まさにこの部分が言葉を話すのに必要な脳部位であり、その損傷によって運動性失語症が起こることが明らかとなりました。

そして、これが「特定の脳が限られた機能と関連している」という初めての発見となり、機能局在論がこの後展開されていくきっかけとなったのでした。

なお、ブローカがその役割を見つけた脳の場所は、その機能から「運動性言語中枢」または「表現性言語中枢」と名付けられました。またブローカの功績を称えて、「ブローカ野」とも呼ばれています。自分の名前が脳の一部につけられるなんて、脳研究者としては非常に名誉なことです。私も、新しい脳の機能を見つけて「アベ野」なんて名付けてもらえたらと思うことがあります。
 

言葉を話すとは何か? 人間の脳にしかない言語野「ブローカ野」

ところで、皆さんは『猿の惑星』というSF映画をご存知ですか。シリーズ作がいくつか公開されていますが、その第1作を子供のころに初めて見た私は、けっこう衝撃を受けました。

知らない方のためにあらすじを紹介しておくと、1隻の宇宙船に乗った3人の宇宙飛行士が人工冬眠をして宇宙を6か月航行するのですが、光速を超えるスピードで航行したことで、実質的には700年後の世界にたどりついてしまい、ある惑星に着陸する、というお話です。その惑星には、人間のように、言葉を話す「サルたち」がいて、文明を発達させて暮らしていたのです。地球からやってきた宇宙飛行士たちは、その惑星を支配するサルたちに襲われ、生け捕りにされてしまいます。その後いろいろあって、最終的に逃げ出してたどりついた地の果てで発見したのは、自由の女神。つまりそこは、700年後の地球の姿。地球では、人間の文明が滅び、代わりにサルが台頭していたという結末です。

ただSFとしての細かいストーリーはさておき、脳科学的な視点で見ると、これは起こりえないことです。この映画では、サルが進化して人間のようにしゃべれるようになった様子が描かれているのですが、運動性あるいは表現性言語野に相当するブローカ野は、人間の脳にしかなく、サルはもっていません。きっとそれは700年後も変わらないでしょうから、サルがしゃべれるようになるという設定は、脳科学的には考えられないということです。

あるところで私が脳科学の講演をしたときに、「人間だけがブローカ野を持っているから言葉を話せるのは人間だけです」という話をしたら、ある方から「九官鳥もしゃべりますよね。九官鳥にもブローカ野があるんですか。持っていないのなら、どうして九官鳥は話せるのですか」というご質問がありました。なるほど確かに、「ぼく、キューちゃん。こんにちは」なんてしゃべる九官鳥もいますよね。でも、ちょっと待ってください。九官鳥って本当にしゃべっているのでしょうか。「言葉を話す」とはどういうことでしょうか。改めて考えてみましょう。

九官鳥のキューちゃんは、自分がキューちゃんだということを認識して自己紹介をしているのでしょうか。違いますよね。おそらく飼い主が繰り返し「キューちゃん」と呼びかけるのを聞いて、同じ音を発するようになっただけではないでしょうか。ただ発声しているだけで、言葉を話しているわけではありません。だから、ブローカ野をもっていない九官鳥は、「話せない」というだけのことです。

改めてこうして考えると、「言葉を話す」ということが、単に声を出すこととは大きく違うことがお分かりいただけるものと思います。
 

言語中枢は一つではなかった! 「ウェルニッケ野」の発見

ドイツの神経科学者で外科医のカール・ウェルニッケは、ブローカが行った先駆的な研究に興味を持ち、たくさんの失語症患者の観察を行いました。そして、ブローカが見つけた運動性失語症とは違う患者に出会い、1874年にその詳細を報告しました。

ブローカ野に損傷のある患者では、発声の運動機能は正常(言葉なしに歌は歌える)ですが、自発的にうまく話す(言語、文章を形作る)ことができません。人の話を聞いたり、書かれた文字を読んで理解することはできます。これに対して、ウェルニッケが見つけた症例の患者さんは、自発的によく話すことができましたが、聴覚は正常なのに人が話す言葉を聞いても理解できませんでした。書かれた文字を読んだときも、その意味が理解できませんでした。つまり、今の分類でいう「感覚性失語症」でした。

その後の脳解剖により、感覚性失語症患者の場合は、大脳新皮質の側頭葉後部の辺りに損傷があることが分かりました。そして、その脳の場所は、「言語の理解」に必要不可欠であると考えられ、「感覚性言語中枢」または「受容性言語中枢」と名付けられました。またウェルニッケの功績を称えて、「ウェルニッケ野」とも呼ばれるようになりました。
 

ブローカ野とウェルニッケ野……左半球に局在する言語中枢

下の図に、ここまで紹介してきた2つの言語中枢、ブローカ野とウェルニッケ野の場所をまとめて示しました。
言語中枢,ブローカ野,ウェルニッケ野

言語を司るブローカ野とウェルニッケ野は、それぞれ大脳新皮質の前頭葉と側頭葉にある(ガイドが作成したオリジナル図)

同じ言語に関わる脳の場所ですが、少し離れたところにあります。言葉を「話す」ことと「理解する」ことは、脳の中で違う事柄として扱われていることがうかがえます。

さらに、上の図を見て疑問に思ったことはありませんか。そう、図は左側面から見たものなので、右側はどうなっているのだろうと気になったかもしれませんね。実は、90%くらいの人の脳では、ブローカ野とウェルニッケ野は、左の大脳半球にしかありません。右側にはないんです。なお、残りの10%くらいの人では、右の大脳半球だけにブローカ野とウェルニッケ野があり、左にはありません。

ブローカとウェルニッケの研究は、大脳新皮質の機能局在論を推し進めただけでなく、人間に特有の言語の仕組みを解き明かすきっかけや、左と右の脳半球の役割が違うという新たな議論を巻き起こすなど、脳科学に多大な影響を与えました。

また、失語症の多くは、脳卒中の後遺症として起こることが多いのですが、その症状の違いによって脳のどこが具体的にだめになったのかが推定できるようになったのも、ブローカやウェルニッケによる研究のおかげなのです。
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