過敏になりすぎ? 子なし専業主婦の憂鬱
女性の生き方が多様になっている今の時代でも、やはり「結婚・出産はするべきこと、して当然のこと」と捉えている人は多いかもしれない。“世間の風潮”がそうだから、あえて「結婚は必要ない」「子どもはいらない」と声高に言わずにいる人もいる。
主義主張ではなく……
「誰でもそうだと思うんですが、どうしても親の生き方がモデルケースになりますよね。うちはごく普通の家庭で、両親はそれなりに仲がよくて、兄と姉も家庭をもって子どもがいます。本当に“普通の”家庭。だから私もそうなるものと思っていました」
フサコさん(40歳)はそう言う。大学を卒業して就職、友人の結婚パーティーで知り合った2歳年上の男性と2年つきあって29歳のときに結婚した。兄も姉も29歳で結婚しているのは単なる偶然なのだが、「ぼんやりと30歳までには結婚したい」と思っていたそう。
「結婚前に夫がうちに来たとき、『こんな家庭がイマドキあるのかってびっくりした』と言っていました。私がごく普通だと思っていた家庭は、夫からみると仲がよすぎるんだそうです。当時、もう兄も姉も結婚していましたけど、私が結婚する人を連れて帰ったら、みんなが実家に集結していて(笑)。単に物見高い一家なだけなんですが、夫は3年に1回くらいしか実家に戻らない人だったので驚いたんでしょうね」
両親が社交的だったので、フサコさんが小さいころから実家には両親の友人や近所の人、そのまた友だちなど、いろいろな人が出入りしていた。父が小さな工場を経営していたこともあり、夕方以降は近所の人たちの社交場にもなっていたという。
「結婚してからわかったんですが、夫はそれほど社交的な人ではなかった(笑)。だから私が友人を家に招くのもちょっと嫌がっていましたね」
実家のありようがスタンダードでないとわかり、フサコさんは夫の意向も尋ねるようになっていった。
子どもは自然と授かるもの
「ちょうど仕事から逃げたかったこともあり、すぐに子どももできるはずだしと結婚と同時に退職しました。1年たってもできなかったので仕事を探そうかと思ったんですが、ちょうどそのころ料理にはまって、毎日凝った料理を作って夫を迎える日々が楽しくて……。2年たっても妊娠しなかったので、診療を受けました。渋る夫にも検査を受けてもらったけど、ふたりとも特に問題はない。不妊治療をするかどうか迫られて、夫は『いいよ、やめようよ』と。ちょうどそのころ姉に3人目の子ができて、家が近かったので私は毎日のように姉の家で子守をしていました。やっぱり子どもがほしいなという気持ちが強くなっていきましたね」
人工授精にチャレンジしたことはあるがうまくいかなかった。
「こんなことなら仕事を辞めなければよかったとも思いました。そのころからなんだか人生の目標がわからなくなってきて……。兄も姉も3人子どもを授かったのに、どうして私だけできないのか、自分が欠陥品なのかと悩みました。そういう考え方をするなと夫には怒られましたけど」
親やきょうだいからは「子どもはまだ?」とは聞かれなかった。だがフサコさん自身が、そう聞かれたらどうしようと考え、実家への足も遠のいた。近くにいる姉のところにも顔を出すのがはばかられたという。
「5年ほど前、姉が『悪いけど、週末、手伝って』というので久しぶりに行ったんです。子どもが3人いて仕事も続けていて、ついにダウンしてしまったみたいで。就学前の子が3人ですから、もう地獄(笑)。義兄は平日休みなのでその日は仕事で留守。家事を手伝って、子どもたちの世話をして、怒ったり笑ったり忙しい1日でした。つかの間、姉とお茶を飲みながら話していたら、『子どもはさ、いてもいなくても苦労するみたいだよ』って。『どっちにしても明るく生きない?』と姉は気遣ってくれました。そのとき初めて、子どもができないまま今に至るけど、不妊治療をする覚悟も諦める覚悟も決まらないと打ち明けました」
周りの目も気になっていた。夫と話し合って保護犬を引き取ったのだが、散歩をさせていると「子どもはいないのに犬はいるのね」と公園のママグループが言っているのではないかと想像をたくましくし、それによって傷ついていたのだ。
「実際、近所の人に『子どもがいないのに働いてないって珍しいわね』と言われたことがあるんです。無能ねと言われているような気がして落ち込みました」
人は「わかりやすい生産性」にばかり目を向ける。出社して働くこと、子どもを育てていることは他人の目にも理解しやすい。元々在宅で働いているフリーランスなどは理解してもらえない立場だし、同様に「働いていない子どものいない専業主婦」も他者からはわかりづらいのだろう。
「そのとき、姉に愚痴も含めて全部話したらすっきりしました。それから会社員時代にやっていたIT関係の仕事を在宅でするようになって……。今は保護犬ももう1頭増えました。まだまだモヤモヤはおさまりませんが、淡々と飄々と生きている夫とはそれなりにうまくいっていますし、こういう生き方もあるのかもしれないと思えるようになりつつあります」
当然だと思っていた「ごく普通の家庭」からは外れても、そこには別の幸せがあるのかもしれない。