子どもの暴言から親子げんか勃発! このパターンから抜けるには?

頬杖をつく母親

子どもはなぜ、親にひどい言葉をぶつけるの? 親はなぜ、子どもの言葉に傷つくの?

子どもが小学校高学年にもなると、親を馬鹿にするような言葉を口にすることが増えてきます。たとえば、「ママみたいになりたくない」「ダサいから一緒に歩きたくない」「陰キャで地味だからイヤ」というように……。愛する子に不意にこんな言葉を言われたら、誰だって傷ついてしまいますよね。
 
感情に任せて叱りつければ、怒りはいっとき収まるかもしれません。でも、そのパターンを続けるだけでは、互いを傷つけあうだけで終わってしまいます。親子が互いを大事に思い、穏やかに生活していくには、どうしたらいいのでしょう?
 

親を批判する子どもの心理とは? 子どもの心の発達と投影

まず、子どもは親に向かってなぜ暴言を吐いてしまうのか、考えてみましょう。
 
小学校高学年は「前思春期」と呼ばれ、思春期の入り口にあたります。前思春期には自立心が育ち、多角的な視点で物事をとらえる力が育っていきます。そのため、それまで親の言うことを素直に聞いていた子が、親に対して辛口コメントを言ったりするようになります。
 
また子どもは、いちばん身近な親の姿に「認めたくない自分の姿」を投影して見ているものです。
 
たとえば、「ママみたいになりたくない」と言う場合、目の前の母親の姿に自分の姿を重ねて見ていることがあります。「ダサいから一緒に歩きたくない」「陰キャで地味だからイヤ」などと言う場合も同様です。親の姿にどこか自分に似たものを感じとり、そんな自分を変えたいと思っているのかもしれません。
 

「傷つくことを言ってはいけない」……「第一感情」と「道理」を伝える

子どもの暴言を紐解くと、前思春期ならでは子の心理を想像することができます。したがって瞬発的に叱りつけるより、なぜ暴言を吐くのか、その言葉の裏にはどんな思いがあるのか、子どもの心に思いを馳せてみましょう。すると、たくさんの気づきを得られると思います。
 
とはいえ、物事の道理を示すのも親の大事な務め。人を傷つけることを言ったときには、きちんと注意しなければなりません。
 
その際には、私の記事で何度もお伝えしているように、「第一感情」から伝えていきましょう。怒りは2番目の感情であり、その前にはかならず「第一感情」が湧いています。「ひどい」「悲しい」「ショック」、こうした素直な「第一感情」を感情をこめて伝えます。すると、子どもの心には人を傷つけてしまったという罪の意識が湧いてきます。
 
そのうえで、「人を傷つける言葉を言ってはいけないよ」と物事の道理を示します。茶化したり恥ずかしがったりせず、子どもの顔を見て真剣に伝えます。このときに間違っても、「そういうあんたこそ○○」「○○なお前に言われる筋合いはない」といった言葉で反撃しないようにしましょう。感情のぶつかり合いに発展し、収拾がつかなくなってしまいます。
 
「第一感情」についてさらに詳しく知りたい方は、「無益なケンカを避ける「第一感情のIメッセージ」」記事もご参照ください。
 

子どもの言葉に傷つくのはなぜ? 自分を変えるヒントがそこにある

そして、子どもの言葉に傷ついた自分の気持ちにも、向きあっていきましょう。「ママみたいになりたくない」「ダサいから一緒に歩きたくない」「陰キャで地味だからイヤ」、こうした言葉にグサッと傷ついてしまうのは、なぜなのでしょう? それは、自分自身も心のどこかで同じように感じているからかもしれません。
 
家族の生活を支えていくのは、大変な仕事。自分のことなど後回しで、いつも家族をいちばんに考えていないと、家庭の切り盛りなどできません。でも、そんな暮らしのなかで自分らしさや笑顔をなくし、イキイキした自分を感じられなくなっているとしたら? その姿を見ている家族は、幸せな気持ちになれるでしょうか?
 

身近にいる家族は自分を知る鏡・互いを磨く鏡

家族と笑顔をかわしたいなら、まず自分自身が満たされ、笑顔になることが必要です。とてもささやかなことからでいいので、ぜひ自分自身を満たしてみてください。
 
たとえば、100円ショップに行ったときになにか一つ、心がときめく”自分だけの物”を買ってみる。リビングの片隅に”自分だけのコーナー”を作ってみる。たとえ小さなことでも、こうして心が少しときめいていくと、幸せな気持ちがじわじわと湧いてきます。すると、その姿を見ている家族も幸せな気持ちになり、口をつく言葉がやわらかくなっていきます。
 
いちばん身近にいる家族こそ、自分を知る鏡であり、互いを磨く鏡です。ぜひ、子どもが不意につぶやく言葉の背景にある子どもの思いを読み取り、自分をよりよく変えるヒントも見出してみてください。
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。