墓場まで持って行く話
墓場まで持って行く話
生きていれば、「墓場までもっていかなければいけない秘密」のひとつやふたつ、抱えてしまうのが人間というもの。秘密を隠し通せるかどうかで、胆力を試されることもあるのかもしれない。
夫の弟が大変なことに……
「まだ半年前のことなんです」
そう話し始めたのは、アヤさん(43歳)。3歳年上の男性と結婚して15年、13歳と10歳の子がいる。家庭には特に不満はないという。
「夫は長男で、2歳違いの妹と5歳違いの弟がいます。この弟が夫と仲良し。いまだ独身で実家住まいなんですが、何かあるとうちにやってきます。気のいい子なので私も歓迎していました」
義妹は結婚して遠方にいる。夫の実家は、歩いて10分足らずのところにある。夫の両親は特に子どもたちには干渉しない主義。アヤさんも最初は「長男の嫁」だからと緊張した。
「ところが両親のほうから連絡が来ることはいっさいありません。うちに来たことも1度か2度か、こちらが呼んだときだけです。自立しているすばらしい両親なんですよ」
共働きなので、子どもたちが小さいときは義母がよく助けてくれたが、恩着せがましいことは何ひとつ言われたことがないという。
「ベタベタしてはいないけど家族仲が悪いわけでもない。それぞれが好きなように生きている。そんな夫の家族がいいなあとずっと思っていました」
そんな中で、“半年前のできごと”が起こった。
「その3カ月ほど前、義弟が婚約者にフラれたんです」
しかも、婚約者は妊娠しており、義弟の子ではなかった。ふたまたをかけられていたのだ。彼女は義弟が贈った指輪やプレゼントとともに行方がわからなくなった。そして半年前に彼女がすでに他の男性と結婚していたこと、もうじき子どもが生まれることなどが共通の知人たちの尽力によって判明したのだという。
「義弟の落ち込みようは見ていられないほどでした。仕事は休んじゃうし、夫に会いにきても焦点が定まらないような顔でぼーっとしてるし。話が話なので、夫は『もう忘れろよ』と言うしかないって匙を投げる始末。かわいそうだから私が話を聞くしかありませんでした」
夜中にやってきた義弟
ある日、深夜遅くに義弟が突然、やってきた。「その日は夫が出張でいなかったのですが、青い顔をして少し酔っている義弟を帰すのも忍びなくて。家に上げてリビングで話を聞いていたんです。すると義弟が涙ぐみながら『オレもアヤちゃんみたいな人と結婚したかった』と……。本当に寂しいんだ、誰からも相手にされないままずっとひとりぼっちなのかなとつぶやくので、思わず『そんなことないわよ、大丈夫』と隣に座って抱きしめてしまったんです」
義弟は抱きしめられて少し落ち着いたようだった。あなたの人生、まだまだ先が長いよと言った瞬間、押したおされた。
「義弟に“男”を感じたことがなかったので、何が起こっているのかわかりませんでした」
それでもアヤさんは、義弟を受け入れてしまった。なぜそうなったのか、今も自分で分析できないというが、やはり「かわいそうで見ていられなかった」からかもしれない。
「義弟は私が好きだというわけではなく、性欲が募ったわけでもないと思います。とにかく人恋しかったんじゃないかな。人肌でしか埋められない何かがほしかったのではないでしょうか。義弟はそのとき、自滅するかどうかぎりぎりのところで生きていたように思うんです。その気持ちが伝わってきたので拒否できなかった。拒否してはいけないような気さえしました」
その後もしばらく、アヤさんは義弟を抱きしめていた。義弟は「ありがとう」と言って、よろよろと帰って行った。
「もちろんその後、義弟とは何もありません。彼も何も言わないし私も言わない。そして彼はそこから立ち直っていきました。ときどき夫に会いにくるのも変わらない。もしかしたらあの夜のことを覚えていないのか、あるいは私の錯覚で何もなかったのかと思うことさえあるくらいです。ただ、最近元気そうだなと言った夫に対して、『アヤちゃんが助けてくれたから』とさらりと答えた義弟を見て、彼はきちんと覚えているんだとわかりました」
自分も義弟も、この一件は墓場にもっていくしかないと彼女は思っている。そしてふたりとも、その覚悟はあると確信しているのだという。
「夫にだけは知らせてはならない。誰も傷つけてはならない。本気でそう思います。でも人間って、ふとしたことからあんなことをしてしまうものなんですね。私は不倫なんてとんでもないと思っていたし、芸能人などが家に不倫相手を引っ張り込んだなんていう話を聞くと、とんでもないわと思っていたけど、実際に私がしたことはたいして変わらない。自分の道徳観なんてたいしたものじゃないなと思っています」
いいとか悪いとかいう問題ではない。起こってしまった事実への対処として、アヤさんはしっかり覚悟を決めている。
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