山崎努さん、松原智恵子さん、竹内結子さん、蒼井優さんをはじめとする豪華なキャストが集結したこの作品は、家族との関わり、老い、死、そして残された人がどう生きるのかという普遍的なテーマを描いています。
原作は『小さいおうち』で直木賞を受賞された中島京子さんの同名小説。『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本アカデミー賞ほか、国内映画賞34部門を受賞した中野量太さんが監督・脚本を務めています。
記憶は失っても、心は生きている
少しずつ記憶を失くし、ゆっくり遠ざかっていくーー。その様子からアメリカでは「ロング・グッドバイ(長いお別れ)」とも表現される認知症。国内のある調査によると2025年には少なく見積もっても675万人、場合によっては730万人を超えるとの推計もあります。山崎努さん演じるこの映画の中心人物、昇平も認知症を患います。中野監督は、この映画の描くべき本質を忘れないために、「認知症は、記憶を失っても、心は生きている」という言葉を台本の裏表紙に書き込んだといいます。
読者のみなさんのなかには「もし、自分の親が認知症を患ったら」と不安に感じている人もいるかもしれません。この映画には、認知症になった家族との向き合い方のヒントがギュッと詰まっています。
映画からヒントを得る認知症の親への接し方
●ヒント1:「認知症の人」ではなく「父」として接する この映画では、娘2人が認知症を患った昇平を「認知症の人」としてみるのではなく、父親として尊敬し、頼りにし続け、それぞれに抱えている悩みを打ち明けるシーンがあります。たとえば、蒼井優さん演じる次女の芙美が恋の終わりを感じて落胆し、縁側でクッキーを食べる父親に胸の内を明かすシーン。
「繋がらないって切ないね」と泣き出す芙美に、昇平は「そうくりまるなよ。そういう時はゆーっとするんだ」と、意味が分からない言葉で応えます。
父親から「的確なアドバイス」を与えられるわけではないけれど、父と娘の間では「言語」を超えたところで会話が成立し、娘は認知症の父親によって癒されてゆくわけです。
「認知症の人=弱者」という見方をすると(たとえ、それが無意識であっても)、相手にはその意識が伝わります。とくに認知症になると、雰囲気を感じ取る力が先鋭化し、周りの様子に敏感に反応するようになると言われます。
この映画に登場する昇平さんは、元・中学校校長。家族から頼りにされ続けたことは、彼にとって誇らしく、嬉しいことであったに違いありません。
●ヒント2:「怒鳴らない」で受け入れる 「帰る」と言って家を出て行くことが増えた昇平。そんな姿を見て、竹内結子さん演じる長女の麻里は息子と母親を連れて、昇平の生家に向かいます。その帰りの電車のなかで、昇平は「正式に僕の両親に紹介したい。一緒に来てくれますね?」とプロポーズをします。
松原智恵子さん演じる昇平の妻・曜子は、そんな昇平を笑ったり、茶化したりするのではなく、涙を流して「はい」と静かに受け入れるのです。
そのほか、こんなシーンも。行方不明となった昇平を、妻と娘たちはGPS携帯を手がかりにして探します。3人は、ようやく昇平を発見するのですが、彼は彼女たちの心配をよそに遊園地でメリーゴーランドに乗っていました。
妻の曜子は娘たちが幼いころ、遊園地に来たことを思い出します。そのとき昇平は雨が降りそうだからと迎えにきてくれたのです。
「お父さん、迎えに来てくれたのね、今日も」ととつぶやく、妻の曜子。3人は、昇平を怒鳴るのではなく、メリーゴーランドに乗る昇平に笑顔で手を振ります。 そう遠くない将来に、私たちが遭遇するかもしれない親への対応。扱うテーマはシリアスですが、ユーモアと時代性を交え、見る者を温かさや優しさで包み込んでくれるのもこの作品の魅力です。
DATA
映画『長いお別れ』
公開:2019年5月31日(金)全国ロードショー
©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋
監督:中野量太
脚本:中野量太、大野敏哉
原作:中島京子
出演:蒼井優、竹内結子、松原智恵子、山崎努、他
配給:アスミック・エース