輸入車

コンパクトカーを観察すると、メーカーの力量がわかる

小さなボディには作り手の技術力やデザイン力、アイディアやノウハウが詰め込まれている。コンパクトカーの魅力は、所有して初めてわかるもの。乗るほどに使い込むほどに新しい発見があり、それが楽しみに繋がる。

菊谷 聡

執筆者:菊谷 聡

輸入車ガイド

小さなボディには、メーカーのノウハウが詰め込まれている!

世界中の自動車メーカーがベンチマークとしたVWゴルフI

世界中の自動車メーカーがベンチマークとしたVWゴルフI

コンパクトカーは、基本的に各自動車メーカーのボトムを担うエントリーモデルです。文字どおりボディサイズ(セグメント)は小さく、搭載するパワートレーンも、小排気量エンジンに効率のよいトランスミッションが組み合わされています。

私はかれこれ30年近く、ヨーロッパメーカーのエントリーモデルをラインアップの1台として所有しています。それは「コンパクトカーを観察すると、そのメーカーの力量が推し量れる」と考えているからです。コンパクトカーは、開発にあたって制約が多いモデルです。

ボディサイズは小さく取り回し性には優れていますが、その反面室内空間やラゲッジスペースは狭くなります。小さくて愛らしいスタイリングは作りやすいですが、デザイン的な自由度には限りがあります。また、ラージサイズのセダンやSUVと比べれば衝突安全性も不利ですし、基本的にホイールベースが短いのでキビキビとした走りは得意ですが、高速安定性を確保するのは容易ではありません。

所有してわかる、コンパクトカーの魅力

小さなボディには、たくさんの魅力が凝縮されている

小さなボディには、たくさんの魅力が凝縮されている

しかし、コンパクトカーを購入する方は、「小さなボディなんだから、たいていのことは目をつぶる」と妥協することはありません。できるだけ広い室内空間やラゲッジスペースを望みますし、衝突安全性や高速安定性も一般的なセダンやSUVと同等のレベルを求めます。そこで、コンパクトカーをラインアップにもつメーカーには、ユーザーの要求を満たすための技術力やデザイン力、ノウハウが求められるのです。

「コンパクトカーを観察すると、メーカーの力量が推し量れる」と述べたのはそういう理由からです。結果、コンパクトカーには各メーカーの個性が表れ、キャラクターや性能には明確に違いが生まれます。ここが面白く、実際に所有をして触れるほどに発見があることが、コンパクトカーの醍醐味だと考えています。

過去を振り返ってみても、伝説的なコンパクトカーたちが自動車の歴史を彩っています。VWタイプ1やMINI、フィアット500やシトロエン2CVあたりから始まり、各国、各メーカーから名車と呼ばれるクルマたちがリリースされました。VWタイプ1やMINIについては本コラムでも述べましたが、どのモデルも小さなボディに4名が乗れる室内空間とともに、それぞれの時代のニーズに応じた走行性能や価格設定を実現したのは、まさにマジックともいうべき技術とアイディアのたまものでした。

メルセデス・ベンツ初のコンパクトクラスは、Cクラスの前身モデル

1985年に日本デビューを果たした190E

1985年に日本デビューを果たした190E

ここまで述べてきた“コンパクトカー”とは、少し毛色が異なりますが、“コンパクトクラス”という名称を耳にすると、必ず思い出すモデルがあります。1986年4月、ヤナセに入社し本社のメルセデス・ベンツ販売部に配属になった私は、初めて190Eを目の当たりにしました。正面から見ると紛うことなきメルセデス顔なのですが、ボディ側面から後方にかけては鋭く絞り込まれ、これまでのメルセデスにはないコンパクトなボディが、いっそう引き締められていました。

1985年に日本デビューを果たしたその新型車はW201という型式をもち、メルセデスでは初めての、本当の意味でのコンパクトクラスでした。それまでメルセデスのコンパクトクラスというのはW123型と呼ばれるモデルで、名車の誉れ高いW124(190Eより少し遅れてデビューした初代ミディアムクラス)の前身モデルでした。その頃、メルセデス・ラインアップのなかで主流となっていたモデルはSクラスですから、W123型のボディサイズでも「コンパクト」と呼ばれるのは納得できますが、それよりもさらに小さい、しかも5ナンバー登録が可能なサイズをもつ190Eの登場は驚きでした。

メルセデスに対して憧れを抱き「いつかはメルセデス」と思っていた人たちにとって、400万円を切る価格設定で「今すぐメルセデス」を実現できるモデルの登場とあって、大きな注目を集めました。しかし、永くメルセデスオーナーであった方から少し斜めに見られていたことは否めません。「小ベンツ」などと揶揄され、一部のSクラスオーナーからは「190Eは他のモデルとショールームを分けたらどうか」という声も聞かれたほどです。

「最善か無か」

190Eの後期モデルには、サッコプレートと呼ばれるサイドカバーが付いた

190Eの後期モデルには、サッコプレートと呼ばれるサイドカバーが付いた

しかし、プロダクトとしての完成度は秀逸でした。前述のとおりメルセデスのスポーティさを巧みに表現したエクステリアデザインはイタリア人デザイナー、ブルーノ・サッコの手によるもの。保守的だったメルセデスのイメージを一新し、190Eが展示されるショールームは、それだけで華やかで近未来的な印象を与えました。運転席に座ると、その空間は紛うことなきメルセデスのそれで、当時のセールストークは「Sクラスから乗り替えても、まったく同じ質感とデザインと操作性をもっている」というものでした。また、ボディやシャシーには過剰とも思えるクォリティが与えられていたため、走りの質感は上級クラスに引けを取らないものでした。

メルセデス・ベンツにとって、190Eのようなモデルを開発し発売するということは大英断であり、史上希にみるチャレンジであったはずです。冒頭で「コンパクトクラスを観察すると、メーカーの力量が推し量れる」と述べましたが、歴史的なモデルのデビューを目の当たりにした私は、改めてメルセデス・ベンツのブランドスローガンである「最善か無か」が伊達ではないことを再確認しました。今ではCクラスに進化した190Eですから、現在の「コンパクトクラス」とはイメージが異なりますが、190Eを観察することでメルセデス・ベンツというブランドの力量を思い知った経験でした。

コンパクトカーを所有されている方は、改めてご自身の愛車をよく観察をしてみてください。デザイン、パッケージ、走行性能など、きっとまた新しい発見があり、ますます愛着が沸いてくるはずです。


写真提供:フォルクスワーゲン グループ ジャパン、ルノー・ジャポン、メルセデス・ベンツ日本
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

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