余裕のなさに落ち込むママたち
子どもの寝顔を見ながら「もっと私がいいお母さんだったら……」と落ち込んでしまう。そんなことはありませんか。
一方わたしは……。この間髪を切りに行ったのはいつだろう。化粧品なんてもう何年も買っていない。いつもTシャツにスニーカー。散らかった部屋を片付ける気力もない。十分に子どもと向き合う時間もなく、朝から子どもを怒っては自己嫌悪。こんなに余裕がないのは、私がダメな母親なせい?
手探りで始めた子育て。頑張っているつもりなのに、なんだかうまくいっていない気がして、落ち込んでしまうことはありませんか。
子育て中は、子どもの頃を思い出すことが増える
子育てを始めると、自分が親からどのような育てられ方をしたのか、思い出すことが増えると思います。「自分が親に育てられたように育てたい」「親からされてイヤだったことは、子どもにはしないようにしよう」など、多くのママが思っていると思います。育てられる側から育てる側へ視点が移ることで、見えてくることも多いですよね。「あの時親はこんな気持ちだったんだろうな」とか。当時の親の状況の大変さが理解できて、感謝の気持ちがわいてくることもあるでしょう。
一方で、子ども時代につらかったことを思い出してしまうママも少なくないようです。よく聞くのは「きょうだいとの比較」や「怒られ方」、「さみしかったこと」といったものでしょうか。
「お姉ちゃんでしょ!と我慢させられた」
「弟ばかりちやほやされていた」
「優秀な兄や姉と比較されて、お前はバカだと言われていた」
「問答無用で、すぐに叩かれるのがいやだった」
「話しかけても、いつも上の空だった」
「突然激しく怒られた」
「自分ひとり、隣の部屋で寝かせられた」
など、感情のすれ違いから虐待と言えるものまで色々あるでしょうが、多くのママが落ち込むのは「親からされていやだと思っていたことを、子どもにしてしまっている自分に気づいた時」のようです。自分の親との関係が今も良くない場合はなおさら、自分を責めてしんどくなってしまうようです。
気付いたら、他の方法を探せばいい
でも、大丈夫です。なぜなら「親と同じことをしている」と気付けているから。それが子どもにとって、しんどいことだと気付けているから。それゆえに、自分を責めて、落ち込んでいるのですよね。自分の親とは違う関わり方をしたいと思っているから、悩んでいるのですよね。気付いたら、他の方法を探せばいいだけです。変化は気付くことから始まりますので、もうその一歩は踏み出しています。
親から愛情をもらって育つことができなかった人は、子どもをどのように愛せばいいのか、どのように愛情を伝えればいいのか、方法がわからなくて、堂々巡りをしているかもしれません。もらっていないものは、与えられない。ならば、周りからもらいましょう。今からでも、全然遅くありません。
自分が何でしんどくなっているのか、どういう手助けがあれば自分が楽になれるのかを考えましょう。そして、周りに協力を求めましょう。助けてもらいましょう。しんどくなっている理由がわからなければ、それでもいいのです。愚痴や弱音を吐いているうちに、徐々に見えてくるかもしれません。
「他の母親は、ひとりで立派に育てている」なんて思う必要はありません。みんなきついのです。でも、それを言葉に出さず、それぞれがひとりできつさを乗り越えてきたから、「母親はサポートなしでも大丈夫」と思われて、社会が変わらずにきたのかもしれません。
市役所など、最寄りの自治体の「子育て支援課」や「児童相談所」などの相談窓口も、活用しましょう。一緒に子育てのことを考えてくれる人がいるというのは、とても心強いと思いませんか。自分の問題点に気付き、どうにかしたいと専門機関に相談に行く。それは、子どもへの思いがないとできないことです。
子育てを楽しめない自分を責めない
虐待なんてしていない。親としてすべきことはやっている。でも、子育てが楽しくない。子どもをかわいいと思えない。そのことに悩むママも多いようです。確かに「楽しくない」は、煮詰まりのサインです。子育てが「楽しくない」を通り越して「つらい」「きつい」になってしまっているなら、うつの可能性を考えて心療内科を受診しましょう。でも、子育てには「向き/不向き」があります。また、子育ての長い期間の中には、自分が不得意とする「子どもの成長の時期」もあります。
子どもを傷つけず、食事と言葉と視線を与え、眠らせ、病気になったら病院に連れて行って看病する。基本的にはそれさえできていれば、親として合格なのだと思います。愛情や信頼は、そうした関わりの中から生まれてくるものだと思います。
「自分はダメな母親だ……」と落ち込んでしまった時には、「そう?私ができていることはない?」と自分に聞いてみましょう。頑張っている自分をねぎらったり、頑張れない自分をゆるすことも、大切にしていきましょう。