自営線による「マイクログリッド」の初めての街づくり事例
「東松島市スマート防災エコタウン」の概要は以下の通りです。- 事業主=東松島市
- 建物の設計・施工=積水ハウス
- 計画戸数=85戸(戸建て住宅70戸、集合住宅15戸)+集会所
- 計画人口=247人
- 敷地面積=約4ha
- 住宅用地=約1.6ha
- 公園・緑地=約0.2ha
- 防災調整池、水路=約0.9ha
最大の特徴は、「自営線によるマイクログリッド」の我が国初の街づくりの事例である点。これが今後、我が国も含め街や都市の理想的なあり方の一つとみられているものです。
ではまず、「マイクログリッド」について確認しておきましょう。これは既存電力会社(東京電力など)の大規模発電所から送られてくる電力への依存を少なくする、エネルギー供給源と消費施設をもつ小規模なエネルギー・ネットワークのことをいいます。
エネルギー源としては「分散型電源」が使われます。これは太陽光発電や風力発電、バイオマス発電などの再生可能エネルギー、コジェネレーションと呼ばれる新たな方式のシステムによるものです。
各地域(市町村や集落レベル)に分散電源による発電設備を持ち、生み出したエネルギーをそれぞれの地域で消費する、つまりエネルギーの「地産地消」を実現するのがマイクログリッドの第一の特徴です。
というのも、現在主流のエネルギーシステムでは、火力発電所や原子力発電所など大規模な発電施設から、長距離の送電線を通って、家庭や職場などに電力が送られてくるわけですが、その間に電力が大きくエネルギーをロスするという問題点があります。
マイクログリッドは各地域で生み出された電力をその地域で利用するため、エネルギーロスが少なくなるのがメリット。火力発電所のように石炭を燃やしてエネルギーを作るわけではありませんから、CO2の排出が少なくすむなど、地球環境に優しいエコなエネルギーシステムであることも重要な要素です。
病院や公共施設にも電力を供給
また、既存エネルギーシステムの場合、地震などの大災害により広い地域に停電などの影響が及びがちですが、マイクログリッドの場合は分散型ですから、比較的影響が少なくなるといわれているのもメリットの一つです。とはいえ、マイクログリッドにもデメリットはあります。分散型電源を基本とするわけですが、太陽光発電や水力発電、風力発電は天候の状況に左右されがちです。つまり、電力供給の安定性に欠けるわけです。
また、電力消費が多くなるピーク時間帯(オフィスなどでは昼、家庭では朝や夜)に電力が足りなくなった場合にどうするのか、も課題となります。このような課題に対し、複数の電源を組み合わせて電力の安定供給を実現しようというのが、マイクログリッドの基本的な考え方なのです。
では、ここからは東松島市スマート防災エコタウンについて紹介していきます。街は「市営柳の目東住宅」と、周囲4ヵ所にある病院と公共施設(防災拠点となる免許センター)で構成されています。
電源として約460kwの太陽光発電システム(防災調整池、集会所、集合住宅に設置)に加え、約500kwの大型蓄電池、さらに非常用バイオディーゼル発電機(約500kw)を有しています。これらによる電力は病院や公共施設にも供給されます。
これらはCEMS(コミュニティ・エネルギー・マネジメント・システム)でタウン内のエネルギー消費や発電、送電の状況の「見える化」などの一元管理が行われ、最適なコントロールが行われます。これらにより、年間256tのCO2排出量を削減できるとのことです。
エネルギーの自給自足、地産地消のモデルケース
さて、この街の最大の独自性といえるのが、電力供給を「自営線」という東松島市所有の送電線で行うこと。自営線があることで、病院なども含めた電力ネットワークができたというのがポイントなのです。送電線というのは、電力会社(ここでは東北電力)が所有するのが一般的で、これは電気事業者の法律によって決められていることです。しかし、ここでは東松島市が「一般社団法人東松島みらいとし機構」という団体を設立。自営線特定規模電気事業者(自営線PPS)となることで、自ら発電施設のほかに送電線網を保有、整備しており、これにより、病院や公共施設にも電力を供給できるわけです。
なお、特定規模電気事業者は限定された区域に対し、自らの発電設備や送配電設備を用いて電力供給を行う事業者のこと。最近、「電力の小売り自由化」ということでガス会社や通信会社など様々な事業者が電力供給を始めていますが、それは特定規模電気事業者として国から参入が認められたからです。
ここまでマイクログリッドについて説明してきましたが、これまでにもいくつかの「スマートタウン」でマイクログリッドに似た仕組みを持つ街づくりが行われた事例がありました。しかし、自営線によって地域の電力需給をまかなうことを実現した事例は、この東松島市スマート防災エコタウンが初めての事例といえるのです。
もちろん、街の規模としてそれほど大きくはありませんし、将来的に設置されるとされている地域低炭素発電所(ゴミ焼却場)もありませんから、まだ完全なかたちにはなっていませんが、エネルギー自給自足、地産地消のモデルケース、本格的なマイクログリッドの導入事例として注目されているわけです。
東日本大震災の経験から地域防災の機能を強化
ところで、東松島市というと、2011年3月に発生した東日本大震災で大きな被害を受けた自治体として知られています。その経験から、すでにおわかりのように地域防災の機能強化が図られています。具体的には、バイオディーゼル非常用発電機と太陽光発電、大型蓄電池を組み合わせて、最低3日間は日常的な電力供給が可能となっています。東日本大震災のように停電が長期になるケースでも太陽光発電と蓄電池を組み合わせることで、病院や避難所となる集会所などへ最低限の電力供給が可能となります。
そういえば、東日本大震災当時、東北電力の管轄地域では計画停電が行われ、停電地域では病院で電気が使えない状況になりました。それは、患者さんの命が失われる可能性があり、強く問題視されたました。そうしたことも、ここでは起こりにくいというわけです。
もちろん、公共施設や避難所で電力が確保されていることは、大災害発生後のいち早い復旧・復興に貢献することになります。そうした意味で、東松島市スマート防災エコタウンのような街づくりのあり方は意義深いわけですが、実現するには相当の費用がかかります。ですので、この街づくりには環境省から補助金も出されています。
東日本大震災以降、災害に強い街づくり、エネルギー消費が少なく地球環境に優しい暮らしの必要性が、被災地域はもちろんのことそれ以外の地域でも叫ばれるようになりました。スマートタウンの開発など、少しずつ進展が見られないことはありませんが、とはいえ東松島市スマート防災エコタウンのような本格的な試みは、まだ始まったばかりです。
これは、電気事業者に関する法律など法規制の問題のほか、自治体や関係機関、事業者の連携などに課題があるからです。実際、今回の街づくりに企画から施工を担当した積水ハウスは、電柱を立てる業者探しなど試行錯誤を繰り返したといいます。
要するに、自営線による仕組みを取り入れることだけでも色々な障害があったわけで、それらを一つひとつ解決するというのは、震災から5年以上という時間を要しても、なお難しいことだったというわけです。
創エネや蓄エネの技術は既に確立され、世界でもハイレベルにあるにも関わらず、制度や組織の問題が今回の街づくりを実現する壁になっているとすれば、ちょっと残念な気もします。東松島で行われたようなトライアルが全国でもっと加速するよう期待したいものです。