感染症

スーパー耐性菌とは…「悪夢の耐性菌」の予防と治療法

五輪が開催されるリオデジャネイロの海岸で、あらゆる抗生物質に対して強い耐性を持つ「スーパー耐性菌」が検出されました。近年、菌は進化を味方につけ、新しい抗生物質の開発よりも優勢になりつつあります。日本も対岸の火事ではいられない耐性菌について、正しい知識をつけておきましょう。

今村 甲彦

執筆者:今村 甲彦

医師 / 胃腸科・内科の病気ガイド

五輪目前のリオデジャネイロに「スーパー耐性菌」?

考える医師

現代までに開発された抗生物質が効かない「スーパー耐性菌」。進化を続ける強敵です

五輪開催を目前に控えたリオデジャネイロで、抗生物質に非常に強い耐性を持つ「スーパー耐性菌」が検出されたという報道がありました。今、世界的に問題になっている「悪夢の耐性菌」について解説します。

(また、一般的によく使われる「抗生物質」という言葉ですが、厳密には天然由来の抗菌薬を指します。本記事内では人工的に合成された抗菌薬も「抗生物質」として表記し、以下で解説したいと思います。)

抗生物質が効かないスーパー耐性菌とは

今回、リオデジャネイロの海水から検出された菌は、「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)」というものです。

一般的にはあまり聞きなれないかもしれませんが、「カルバペネム系抗菌薬」は抗生物質の中でも「最後の切り札」的な存在の薬です。この抗生物質が効かない菌が存在するということは、医療者からみると尋常ではないことなのです。

例えば、この菌を宇宙からやってきたUFOだとすると、現在地球にある戦闘機やミサイル、そして最終兵器である核兵器を使って攻撃してもビクともしない強敵……といえば、その手強さがわかっていただけるでしょうか。現代の進歩した医療をもってしても、太刀打ちできない相手なのです。そのため、この菌は「悪夢の耐性菌」と呼ばれ、医療関係者の中でも恐れられています。

カルバペネム耐性腸内細菌科細菌とは

この「カルバペネム耐性腸内細菌科細菌」について、もう少し詳しく解説しましょう。

「腸内細菌科細菌」とは、我々の腸内にいる「腸内細菌」とも重複する点がありますが、違う範疇に分けられるものです。腸内細菌はヒトの消化管に共存している微生物の集団で、大腸の細菌の大半はバクテロイデス属という菌です。腸内細菌科細菌は、グラム陰性桿菌であることなどいくつかの条件があるもので、腸内細菌科細菌である大腸菌や肺炎桿菌は、腸内細菌全体の1%もありません。

腸内細菌科細菌は通常、ヒトや動物の体内に常在し、腸管内では病原性はありません。しかし、院内感染によって、尿路感染症、呼吸器感染症、菌血症、手術部位感染症などを引き起こすことがあります。

通常はこのような感染症に対しては抗生物質で対応するのですが、近年、これまで有効だった抗生物質に耐性を持つ菌が増えてきています。これらは「耐性菌」と呼ばれます。

今回のカルバペネム耐性腸内細菌科細菌とは、広域抗菌薬の代表といえるカルバペネム系抗菌薬に耐性を持つ腸内細菌科細菌です。あらゆる菌に対して耐性を持つため、「スーパー耐性菌」と呼ばれています。

スーパー耐性菌にかかりやすい人・リスクファクター

医師と看護師

「スーパー耐性菌」にかかりやすい人とは

スーパー耐性菌であるカルバペネム耐性腸内細菌科細菌患者の発症・保菌のリスクファクターは、この菌に感染している患者が滞在する病院や病棟に入院することです。さらにカルバペネム耐性腸内科細菌の多くが肺炎桿菌や大腸菌であることより、これらの病原体に感染しやすい人はさらにリスクが高くなります。

肺炎桿菌は、糖尿病や悪性疾患など免疫力低下患者での感染症の原因菌なので、免疫力が低下している人は注意が必要です。大腸菌は尿路結石や前立腺肥大など腎尿路系異常のある人で尿路感染症や菌血症の原因菌となっているので、腎尿路系異常がある人も注意が必要になります。また気管チューブやカテーテルという管が体内に入っている人も感染のリスクが高い状態です。広範囲に効く抗生物質を使用した経験のある人も、重要なリスクファクターといえるでしょう。

さらにカルバペネム耐性腸内細菌科細菌は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)などの多剤耐性菌と異なり、抵抗力が保たれている人でも感染症を引き起こすことがあります。幸いにも日本国内での感染リスクは現在のところは低いのですが、世界的には広がりをみせてきており、日本も「対岸の火事」ではいられなくなるかもしれません。

スーパー耐性菌の治療法・進化しつづける菌の脅威

繰り返しになりますが、一般的な抗生物質では歯が立ちません。そのため、スーパー耐性菌が耐性を獲得していないメカニズムで菌を攻撃する「コリスチン」や「チゲサイクリン」という抗生物質が有効とされています。ただし、現在効果があるこれらの抗生物質も、使用頻度が増えるにつれ耐性菌が増えてくるものと考えられています。

新しい新薬が開発される可能性もありますが、新しい抗生物質にも菌は耐性を持つことが予想されます。菌自身も耐性をつくり、生き抜こうと必死に抵抗しているのです。さらに注意すべき点は、近年、菌は進化を味方につけて、抗生物質より優勢になってきているということです。近い将来、菌の治療法に難渋する事態が増えてくることが予想されます。

スーパー耐性菌の予防法・個人でできる対策法

抗生物質が乱用されているインドなどに比べて、日本でのカルバペネム耐性腸内生菌科細菌が検出されることは稀です。2013年の厚生労働省院内感染対策サーベイランス事業の検査部門の年報によると、メロペネム耐性およびイミペネム耐性は肺炎桿菌ではそれぞれ0.2%および0.1%、大腸菌では0.1%および0.1%となっています。

ただし、今後日本でもスーパー耐性菌が増えてくると考えられます。カルバペネム耐性腸内細菌科細菌は、患者の移動とともに医療機関で拡散していくので、医療機関での感染対策が最も重要です。

個々人でできる対策としては、抗生物質を適正に使用することです。安易な抗生物質の使用は、耐性菌を増やすことにつながってしまいます。また、水質が保障されていない海や川ではどのような菌が存在しているかわからないので注意したほうが良いでしょう。衛生状態の良くない国では、通常の場所でも汚染されている可能性があるので、海外旅行など渡航の際には水や生ものは避けるようにしましょう。
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