エアバッグによる圧迫で3歳児の死亡する事故が発生
交通事故の瞬間、体にかかる衝撃は象の体重にも匹敵すると考えられます。命を守ってくれるのがエアバッグです。しかし大人と子どもの体のつくりを、しっかりと理解しておく必要があります。(画像はイメージです)
命を守ってくれるはずのエアバッグが、なぜ小さな子どもの命を奪ってしまったのか。まずは、車を利用する私たちが、大人と子どもの体の違いをしっかりと理解し、今回のような不幸を繰り返さないように正しく対策することが大切です。
今回の事故について、調査結果を報じる朝日新聞デジタルから引用します。
****************************
エアバッグで胸圧迫、助手席の3歳児死亡か 大阪の事故
2016年6月21日11時38分
大阪市東住吉区で2月、軽乗用車が電柱に衝突し、助手席の女児(当時3)が亡くなる事故があり、大阪府警は21日、衝突時に開いたエアバッグに胸を強く圧迫されて死亡したとみられると明らかにした。(中略)
当時、目立った外傷がなく、署が女児を司法解剖した結果、流れ出た血液などが心臓を圧迫する「心タンポナーデ」と判明。エアバッグが女児の胸を強く圧迫し、強い衝撃を受けたとみられる。母親は、事故直前に右折した際にダッシュボードから落ちた携帯電話を拾おうとしたと話しており、署は前を見ずにハンドル操作を誤ったとみて、同容疑で書類送検した。(後略)
****************************
幼い子供の命を奪ってしまった心タンポナーデとは
心タンポナーデの姿を示します
心臓の周りには心膜という袋状の構造物があります。通常、心膜と心臓の間にはわずかな量の水があり、これが心膜と心臓がこすれて擦り減らないように、潤滑油としての役割を果たしています。
ところが何らかの原因でこの水が異常に増えたり、水のかわりに血液が入りこんでしまうと、これにより心臓は圧迫され、動きにくくなってしまうのです。
心臓が動きにくい状態がひどくなると、命にかかわる事態となります。
心タンポナーデは、今冬、スキー場での衝突事故で女性が亡くなった原因でもあります。
なぜエアバッグで心タンポナーデが起きたのか
それはエアバッグが命を守る安全性を発揮するのは、大人の場合に限るからです。乗車中の交通事故から命を守るためのものなので、エアバッグは衝突した瞬間に、瞬時に膨らまなくては、人を守ることができません。エアバッグは衝突した次の瞬間、火薬などの小爆発を起こすことで急激に膨らんで、乗車している人が車のダッシュボードや窓などに激突してしまう前に、乗客の顔や頭、胸を包むようにして守る仕様になっています。その膨らむ速度は、時速100~300kmとも言われています。つまりエアバッグは非常に強力な力によって、一瞬で膨らむからこそ役立つのです。
そして大人の胸部分、胸全体を胸郭と言いますが、これは肋骨などの骨に支えられ、その中にある心臓や肺が守られてます。成熟した大人の骨ですから、かなりの力に耐えられるのです。だから私たち大人はエアバッグが急に膨らむぐらいでは死なずに済み、結果としてダッシュボードや窓などに激突する衝撃から守られて、エアバッグに守ってもらえることができるのです。
ところが子ども、とくに今回の3歳児のような幼い子の場合、骨も未熟で柔らかく、胸郭全体が弱いのです。エアバッグが急激に膨らめば胸郭そのものが折れたりひしゃげたりして、中にある心臓もダメージを受ける恐れがあります。今回の事故は大変残念なことに、それが現実になってしまったケースのようです。
子供にも安全な膨らみ方のエアバッグではダメなのか
そうすると、小さい子どもを守るために、今よりもゆっくりと膨らむようエアバックの威力を調整すればよいのではないか、という意見もあるでしょう。しかしそうすると、小さい子どもさんのエアバッグによる事故は減るかも知れませんが、大人の乗客を助けられないケースは増えてしまいます。衝突の次の瞬間に、前方に激突するまでに大人を受け止めるだけの力がないと、エアバッグは役立ちません。大人と子どもの体のつくり、丈夫さは全く違うものなので、どちらも守れる力にするのは現実的に難しいのです。そのためエアバッグは大人向けの設定で考えられています。小さい子どもさんはエアバッグが不要な後部座席にチャイルドシートをつけて座ることが基本と考えられているのはそのためです。また、子どもの小さな体格ではシートベルトが正しく使えないということもあります。これについては後述します。
エアバッグのない車なら子どもを助手席に乗せても大丈夫か
今回の事故では、エアバッグで胸部を圧迫されたことで不幸にも心タンポナーデが起きてしまいましたが、胸部だけでなく、頚(くび)の骨も小さい子どもは未成熟で弱いのです。もしエアバッグがない車の助手席に子どもを乗せた場合はどうでしょうか? しっかりとシートベルトをしていた場合、体は固定されますが、シートベルトで固定できない頚あるいは頭は衝撃に耐えられず前へ飛んでいくような形になり、頚がはずれる、あるいは折れるという事故になりかねません。
そしてエアバッグがあれば、前述のように胸がやられることもあるので、医師としても、結局こどもは助手席に乗らないほうが安全、ということになるのです。
衝突時に体が受ける衝撃は、象の重さに匹敵?
低速の衝突でも象の重さに匹敵する力がかかることがあります
「時速約40kmで衝突した場合、身体にかかる衝撃は体重の30倍以上」というデータがあります。体重50kgの人では約1.5トンの力がかかります。今回の事故のような3歳児の場合でも、体重をおよそ13kgと考えると390kgの力が衝突した瞬間に体にかかることになります。
時速30kmならもう少し軽くなりますが、それでも大変な力です。その力自体で、頚や胸に何か起こっても不思議ではないという実感を持っていただけると思います。
やはり交通事故は絶対に起こさないように注意することが、皆の幸せのために不可欠です。日常のことになると運転にもつい慣れが出てしまうのかもしれませんが、運転中の通話はもちろん、他のことに気をとられることがないよう慎む必要があります。
胸郭の弱い子ども…心肺停止などの緊急時はどうすべきか
いわゆる心肺停止のときなどは、心臓マッサージなどの心肺蘇生を行います。心肺蘇生を行う場合、大人に対しては、マッサージをする側が両腕を伸ばし、体重をかけて胸の真ん中をぐっと押さえることで、心臓が止ま っていても血液をある程度駆出することができます。しかし小さいこどもの場合、先述したとおり胸郭が弱いので、大人と同じ方法ではいけません。両腕で体重をかけて強く胸を押すと、胸が完全にひしゃげて心臓まで潰すことになりかねないからです。小さいこどもの場合は片手で軽く押すだけで十分なこともあります。
要は眼でしっかりと見て、胸がある程度扁平になれば、胸の中にある心臓は血液を駆出でき、心臓マッサージとして成り立つわけです。それを超えて胸がぺしゃんこになるほど押さえるのは危険です。胸の形を見ながら押すと良いでしょう。
また、子どもは胸や頚だけでなく、頭の骨も弱いのです。小さい子どもがもし頭を打ち付けると、頭の骨の中にある脳が衝撃でやられるという心配もありますし、頭蓋骨そのものが弱く、打った場所がへこんでしまうこともあります。このように大人と子どもは様々な観点で違うのです。こうした知識がいざというときに子どもの命を守ります。
子どもを助手席に乗せることができるのは何歳から?
年齢はもちろん、重要なのは体の大きさです。というのも、シートベルトは身長140cm以上の体格に合わせて造られているからです。結果的に10歳半から11歳、つまり小学5~6年生ということになりそうです。もちろん3点シートベルトを正しく使ってのお話です。この体格と骨の発育であれば、大人仕様のエアバッグでも受け容れることができそうです。しかし運転されるご両親らにはくれぐれも事故を起こさない安全運転をお願いします。
終わりに
今回報道された小さい子どもさんのエアバッグ事故の一件からも、大人とは違う子どもの体の特徴を踏まえた安全対策が必要なことが分かったと思います。皆さんの周囲の子どもさんたちの安全に少しでもお役に立てれば幸いです。最後になりましたが、お亡くなりになった3歳のお子さんのご冥福を祈ります。
■参考サイト:心臓外科手術情報WEBの はじめての方へ のページ:
心タンポナーデなどの解説もあります