ノーベル生理学・医学賞で話題となったオートファジーとは
一般には馴染みが薄い「オートファジー」。研究が進み、難治性の病気解明にもつながることが期待されています
「オートファジー(自食)」とは自分で自分を食べること?
タコが自分の足を食べるようなものではありません!
「自食」と言っても、タコが自分の足を食べるような、自身の細胞を丸ごと食べてしまうようなものではありません。正確には、細胞が細胞内の一部を分解する(=食べる)行為を示すものです。細胞が自分を食べるというと何となく野蛮な感じを受けるかもしれませんが、自食は生命が生きていく上で、重要な枠割を担っていることが明らかになってきたのです。
オートファジーで食べられる「タンパク質」の知られざる働き
オートファジーで食べるのは主にタンパク質です。まず、重要な栄養素であるタンパク質の知られざる働きについて、簡単に解説していきましょう。私たちの身体は、水を除くと約7割はタンパク質で構成されています。そしてヒトが生きていく上で、欠かすことができない働きをしているのもタンパク質です。例えば、酸素を運ぶ「ヘモグロビン」、食物を分解する「消化酵素」、免疫をつかさどる「抗体」はタンパク質です。その他、筋肉を動かす働きやDNAを合成する働きなど、生きていくのに必要なほぼすべての場面にタンパク質が関与していると言っても過言ではありません。
そして、このタンパク質にも当然のことながら寿命があります。タンパク質の種類によって寿命は異なりますが、早いと数分、遅くても数カ月です。しかし、この不要になったタンパク質、不要になったからといって無駄に捨てられているのではありません。
オートファジーでタンパク質をリサイクル
タンパク質もリサイクルすれば無駄がありません
ではどのようにして不足している220gものタンパク質を補っているのかというと、オートファジーによってリサイクルされたタンパク質を利用しているのです。オートファジーで細胞内のタンパク質を食べてアミノ酸に分解し、アミノ酸から必要なタンパク質を作り出しています。不足するタンパク質は、細胞内でリサイクルして補われているという巧妙な仕組みが明らかになったのです。
オートファジーがなければ飢餓状態に耐えられなくなる
オートファジーが働くと、一時的にタンパク質を摂取できなくても、自分で作り出すことが可能になります。たとえば山の中で遭難して食糧がないような場合でも、水さえ飲んでおけば一週間ぐらいは生きていけます。実はここにもオートファジーのはたらきがあります。オートファジーのはたらきによって、食物をとれなくても体内のタンパク質がアミノ酸に分解、リサイクルされ、体内でタンパク質を合成することができるからです。逆にオートファジーがないとどうなるでしょう? オートファジーを人為的に起こすことができないようにしたマウスは、出生後約12時間で死亡してしまうことが明らかになっています。オートファジーがないと飢餓に対応できないのです。このように、オートファジーは飢餓に対して重要な働きを担っていると考えられています。
細胞内の掃除屋でもあるオートファジー
オートファジーは掃除屋でもあります
細胞内ではタンパク質などが常に合成されていますが、出来損ないのものも存在しゴミとして蓄積されます。ゴミは定期的に掃除をしていかないと、細胞内がゴミだらけになってしまいますので、細胞内にはオートファジーとユビキチン・プロテアーム系という二大分解系が存在し、定期的に細胞内を掃除をしてくれるという仕組みも備わっているのです。
細胞内の掃除が不十分だと病気になる?
何らかの原因によりオートファジーによる掃除が不十分になると、異常な形をしたタンパク質が細胞内に蓄積されていきます。このゴミの蓄積が、アルツハイマー病などの神経系の病気を引き起こしている原因とも考えられているのです。目の水晶体のタンパク質も一生同じものを使用するため、長い年月を経ると、「クリスタリン」というタンパク質の形がゆで卵のように凝集して白内障になっていきます。細胞は年をとると機能が低下していくことは避けられません。白内障は長生きしたために起こる宿命的な病気とも考えられています。
オートファジーの研究により難治性の病気の解明も
オートファジーは細胞内のリサイクル作用だけでなく、細胞内細菌の除去にも重要な働きをしているとことも明らかになってきています。炎症性腸疾患であるクローン病も免疫系の異常が関係していると考えられており、オートファジーとクローン病の関係も研究されています。また、オートファジーと腫瘍の関係も明らかになってきています。オートファジーが抑制された状態が長期間続くと腫瘍が発生しやすいとされているのです。逆にできてしまった細胞に関してはオートファジーが腫瘍の増殖を助けていると考えられており、オートファジーと腫瘍の関係を解明しようとする研究も行われています。
そのほか、オートファジーの機能低下と病気との関係から、抗加齢医学への応用も検討されています。オートファジーの解明により、がんや感染症、免疫系の病気や認知症などに対して、新たな治療法を提供できる日も遠くないかもしれません。
■参考文献
・細胞が自分を食べる オートファジーの謎(水島昇著)
・日経サイエンス 2016 第46巻第12号
・池上彰が聞いてわかった生命の仕組み 東工大で生命科学を学ぶ(聞き手池上彰、岩崎博史 田口英樹著)