アンコール・ワットをはじめ多くの遺跡が存在するカンボジア。とりわけシェムリアップは、トリップアドバイザーの2015年世界ベストデスティネーションで1位に支持された人気観光地。ベトナム航空にご協力いただき、さっそく現地に行ってみた。
幻想的夜明けとともに始まるシェムリアップの一日
朝の5時。日本であれば肌寒いという表現が合うはずの時刻だが、ここカンボジアはすでに暖かい。前方には静かにたたずむアンコール・ワット。
その前には大勢の人がいる。
待っているのは夜明けだ。
遠くの空が少しずつ紫色を帯びるにつれ、アンコール・ワットが影絵のように浮かび上がってくる。池にはその姿が反転して映り、上下対称になって見える。
人々の口から感嘆の声が漏れる。
太陽が姿を現すとあたり一帯が明るくなる。
こうしてシェムリアップの一日は始まる。
アンコール遺跡群
1992年にユネスコの世界遺産に登録されたアンコール遺跡群。約400平方キロメートルという広大なエリアに多くの世界遺産が存在する。かつてインドシナ半島の大部分を領土としていたクメール王国は、シェムリアップだけでも百を超える宗教施設を建設したと言われるが、中でも知られるのはアンコール・ワット。ここだけで年間約300万人以上が訪れる人気の観光地となっている。人気なだけに見学の際は工夫が必要だ。団体客と一緒になってしまうとかなり混むからだ。
第一回廊の壁にはデバター(女神像)が彫られている。その多くはカンボジア人の顔をしているが、なかには白人のような顔つきのものもある。見ていくと、女神の顔や乳房ばかりがテカテカと光っている。長年、人々が触ったせいというのが通説である。
第一回廊にはヒンズー教の天地創世の神話である「乳海攪拌」のレリーフが50mに渡ってある。ヴィシヌ神が綱引きをしながら海をかき回すこと1000年、海は乳海となり、ヴィシヌ神の妻や不老不死の薬が生まれたという神話だ。
第三回廊はとりわけ神聖な場所とされている。30分ほど待ち、順番を守って急な階段をよじ登る。高所恐怖症の人がたまに手すりにしがみついたまま止まっている。
第三回廊はとりわけ神聖な場所と聞いていたので、さぞかし緊張するものと思って上ったところ、猫が住み着いていた。しかも日本の常識では考えられないことに、管理者によってエサも与えられていた。これには驚かざるをえなかった。
詳しくは後述するが、実はこれもカンボジア流の「ありのまま」の一つなのだろう。
でも、だからといって観光客がマネしてよいわけではない。持参したペットボトルの水で喉の渇きを癒す程度は許されても飲食は厳禁。
そんな場所にもかかわらず外国人観光客が食事をしていたので、食べる仕草と×印で注意したがやめる気配がない。しかし見て見ぬふりはできず、手首を交差する仕草とともに「逮捕されても知らないよ」と英語で言うと、今度は慌てて食べ物をしまい、アイム・ソーリーといって立ち去った。彼らがおとなしく従ったことより、逆ギレされなかったことに私は安堵した。
アンコール・トム
アンコール・ワットから半世紀後に造営されたのが王都であるアンコール・トムだ。入り口では各国からの旅行者が記念撮影していた。楽しそうな集団がいたので、無関係の私がいきなり入って一緒に記念撮影。言葉も通じないが大歓迎された。何しろここは連日41度を超える暑さ。細かいことは気にしないのだ。
壁には長く続くレリーフが掘ってある。歴史遺産としてのレリーフのため、堅苦しいものが想像されがちだが、内容はユーモアたっぷり。当時の戦争や生活の様子が描かれているのだが、休んでいる人や他人の汗を拭いている人など遊び心満載。ガイドの説明に、訪問客から笑い声があがる。
バイヨン寺院
アンコール・トムの中央にあるのがバイヨン寺院だ。おだやかな微笑みを浮かべた四面仏の塔が幾つも建ち並ぶ景色は圧巻。貫かれる「ありのまま」タ・プローム
日本において、たとえば重要文化財などの扱いは極めて厳格で、傷まないように保護されている。歴史遺産の宝庫であるカンボジアではなおさら厳しく管理されていると想像されそうだが、実はカンボジアはありのままである。木造が多い日本と単純に比べることはできないとはいえ大きな違いだ。次の写真はその象徴。これはタ・プロームの遺跡だが、長い年月をかけて成長した森の木々が今にも建物を飲み込んでしまいそうになっている。
その光景はシェムリアップで最も人気のある記念撮影スポットとなっており、映画『トゥームレイダー』でもロケ地となった場所だ。
おそらく、世界の遺跡の中でこれほどまでに自然界からの侵食をなすがままに許したものはないのではなかろうか。見方を変えれば「放置」とも言えるが、そうでなければこの奇っ怪で印象的な光景は生まれなかっただろうし、これほどまでに人気の観光地とはならなかったはずだ。
歴史の証拠となる破壊されたままの遺跡プレアヴィヒア
ここから数時間車を走らせたタイとの国境に、世界遺産に指定されたプレアヴィヒア寺院の遺跡がある。ここは、ごく数年前までタイとの紛争があった地域で、遺跡周辺には今もカンボジア軍の兵士が家族と住みながら警備している。遺跡の一部はタイからの砲撃によって破壊されたが、例によって修復されずそのままにされている。しかしそんなありのままの姿だからこそ歴史の証拠となっている。
博物館的ではなくあくまで現役の存在
遺跡や世界遺産には歴史的価値があり、厳しく保全されるべきという考えが一般的だ。とくに日本ではその考えが強いが、そんな日本人がカンボジアに来ると、博物館的な管理姿勢とはかけ離れたなすがままの様子にカルチャーショックを受ける。だがそれは決して遺跡の価値を軽んじているものではない。レポートの末尾に次の言葉をお伝えしたい。
世界中を旅し、遺跡にも詳しいトラベルライターの鈴木博美氏は、カンボジアの遺跡は「生きている遺跡」と語る。「カンボジアの遺跡では、子どもが中で遊び、人々が今も祈りを捧げに来る場所。今もなお人々の生活に使われています。樹木に飲み込まれていくのも、遺跡が今も自然とともに変化しているということです。カンボジアの遺跡は生きている遺跡なのです」
【取材協力:ベトナム航空(https://www.vietnamairlines.com/jp/ja/)】