免許返納の説得方法とは? 高齢者ドライバーの事故は増加傾向に
「そろそろ親の車の運転をやめさせたいが、よい方法はないものか……」「判断能力が低下してきた高齢の親に免許返納をさせたいが、どう話を進めたらよいのか。」と悩む人は多いようです。ここでは事例をもとにそのヒントを紹介します。
<目次>
高齢者の免許返納にあたっての課題
高齢ドライバーの免許返納を考えるにあたってはいくつかの課題がありますが、ここではあえて2点挙げたいと思います。1点目は公共交通機関が整備されていない地域の高齢者にとって、買い物や通院のために車が必要不可欠なケースです。以前、高齢者が多く通院している関東近郊の病院を取材したことがありますが、その病院では自宅と病院間の送迎を行うなど大変良心的な対応をしていました。
しかしそういったサービスはまだ稀なケースで、多くの場合はタクシーを利用するなど、各自で代替手段を確保しなければならないのが実情です。利用者の要求に対応して運行する形態のオンデマンドバスの開発・導入も進んでいるようですが、全国的に定着するにはまだ時間がかかりそうです。
2点目は、運転をやめるか継続するかは個人の尊厳に関わることでもあるという点です。運転を移動の手段としてだけでなく、自らの「生きがい」や「楽しみ」と考える人の場合、他者が強制的に免許を取り上げてしまうことは、本人のプライドを傷つけるほか、生きがいを見失いかねないからです。
2017年、道路交通法の一部を改正する法律が施行されました。これにより75歳以上の運転免許更新時に認知症の疑いがあると判断された場合、医師の診断などが義務づけられましたが、自分では「まだまだ若い」とは思っていても、年を重ねれば肉体は確実に衰えていくもの。高齢者の定義である「65歳」以上の人には、健診のようなシステムで運転能力を自覚できる検査の義務づけをするなど、もっと早い段階からのスクリーニングが必要ではないかとも感じます。
ある家族が実践した高齢の親への「免許返納作戦」とは
高齢の父親に免許返納を促すことができた、ある家族の例を紹介します。返納について決め手となった「3つの作戦」を、参考にしていただきたいと思います。■作戦1:家族全員による連携プレー
当初は妻である母親が「そろそろ運転をやめたら?」と、夫である父親に何度も促していましたが、父親は反対し、免許返納をしてくれませんでした。そこで母親は、実家によく遊びに来る、父親とも関係性の良い長女に相談してみました。それで長女は説得を試みましたが、長女の心配する気持ちも父親には届かず、努力は徒労に終わりました。
次に長女は兄である長男に相談してみたのです。普段は多忙で、両親とは疎遠だった長男でしたが、母親と妹の頼みを受け入れ父親に話をしてみたところ、父親はようやく免許返納を受け入れたというのです。
介護にもいえることですが、「誰か1人が抱え込む」より、家族や友人、介護専門職などの力を借りることは、免許返納の説得という状況においても得策のようです。いつもとは違う人間が対応することで、人の心が変わることはよくあることです。 それでは今回のキーマンである長男は、父親に対してどのように話したのでしょうか。
■作戦2:費用対効果を訴えた
長男は、「もう高齢だから」「認知機能が落ちているから」という点からの説得ではなく、ズバリ「お金」のことから切り出したそうです。現在、車を所有していることで費用はどれくらいかかっているのか、支出しているガソリン代、オイル交換代、自動車税、任意保険、車検代、駐車場代などをあげ、具体的な数字とともに提示しました。
加えて、父親が所有している車が古い車であったことも大きな説得要因となりました。新車登録から13年以上が経過した古い車(ガソリン車)は自動車税が割増されています。2015年4月以降はその割増がこれまでの10%から15%へ上がっているのです。長男はこのデメリットも強調しました。
その上で親が所有する古い車を指し、「この車にそれだけのコストをかける価値があるのかどうか」、さらに「自治体によっては運転免許の自主返納をすることで、タクシーやバスの割引券配布などの優遇措置がある」とのメリットも伝えました。
「年々リスクが高まることに高額なお金を費やすなら、そのお金をほかの楽しみに使うのも悪くないのではないか」と提案してみたというのです。経済観念がしっかりしているというのはこの一家の共通点だったようで、コストの話をしてから、これまで母親や長女の話に耳を貸さなかった父親の態度が変わったそうです。
■作戦3:「持たないことで若返る」と提案
また、長男の友人がインターネットで「物をためこむと人は老ける」という記事を読んだこともひとつのきっかけとなりました。それは「過去の思い出の品に執着しているのは、過去に生きていることでもある。不要品を捨てれば今の生活を楽しみ、それが若返りにもつながる」といったような内容でした。
この話を友人から聞いた長男は、このことは思い出の品のみならず、父親の免許返納にも通じるのではないかと思ったそうです。父親が青春を謳歌していた時代は、車は憧れの存在でした。つまり父親にとっては一種のステイタスと若さの象徴であり、なおのこと、車を手放したくないという思いが強いのではないかと-。
そこで、世間話のように「時代も変わり、現代人にとって車はもはや憧れの存在ではない。いまは持たない選択をする人も増えた」といったことを、それとなく父親に話してみたそうです。
高齢者の免許返納も介護もコミュニケーションがポイント
その後しばらくして、この父親は免許を返納し、車を業者に買い取ってもらったそうです。免許返納をしてからは、夫婦ふたりで仲良くウォーキングをする機会が多くなったといいます。歩くことで体力維持にもつながり、この家族においては免許返納が一石ニ鳥となったようです。ちなみに在宅介護の現場では、たくさんの「思い出の品」に囲まれて生活している方をよく見かけます。溢れんばかりの品々に、文字通り「足の踏み場がなくなっている家」もあり、自宅に訪問して働く介護福祉士やヘルパーの悩みの種となっています。
もちろん、こうした場合においても介護職は勝手に品々を処分することはできませんから、ご本人やご家族、あるいは事業所の責任者やケアマネジャーに相談・報告をして対応します。ここでも、家族や関係者同士のコミュニケーションが大切になってきます。
先ほどの家族の例でもそうですが、最も大事なことは父親の免許返納問題をきっかけに、疎遠になりがちだった家族がコミュニケーションをはかるようになったことではないでしょうか。子世代の知恵と行動力は、高齢ドライバーによる免許返納の一翼を担っているのです。運転免許をもつ親御さんをお持ちの読者の方々は、ぜひ我が身のこととして考えていただければと思います。
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