結論からさきに答えておきますと、 ヒルドイドが「最強の」保湿薬と言われるほど強い効果があるかどうかには疑問があります。Webサイトによってはニキビやシミにも効果があると書かれていることもあり、科学的に実証されたデータではない情報も掲載されています。処方薬ですが、必ずしも市販品より優れているということはないのです。
今回は皮膚の専門家として、正しい情報をお伝えできればと思います。
ヒルドイドって何?
「ヒルドイド」はヘパリン類似物質(ヘパリノイド)を含んだ保湿薬です。このヘパリノイド(heparinoid)は英語ではむしろMPS(mucopolysaccharide polysulfate)という名前で知られ、 ムコ多糖類というものの一種です。ヘパリノイドは周囲の水と結合し、水が蒸発するのを防ぐことができるので、保湿の成分があるのです。「ヒアルロン酸」も保湿薬によく使用されていますが、こちらもムコ多糖類の一種です。ヒアルロン酸が水を強力に保持する、というのは聞いたことがあるかもしれません。ヘパリノイドも同じような作用があると思っていただければわかりやすいでしょう。
ヘパリノイドという名前を医療関係者が聞くと、「ヘパリン」という薬を思い出すことと思います。ヘパリンというのは血が固まって血管が詰まるのを防ぐために使われる薬なので、これに構造が似たヘパリノイドにも血が固まるのを防ぐ作用があります。そのため、ヘパリノイドは以前から「血栓性静脈炎」という皮膚表面の静脈が詰まって炎症を起こす病気を治療するぬり薬として使われてきました。「血行促進」「抗炎症」の効果もあるとされているのはこのためです。
ヒルドイドの保湿効果とは?
ヒルドイドは皮膚の一番の表面の角層から表皮、さらに奥の真皮まで浸透し、保湿の効果を発揮すると言われています。タイの60人の女性で行われた試験では、ヒルドイドとヘパリノイドなしの保湿薬を比べたところ、ヒルドイドを用いた方が皮膚の水分を保持できるというデータが出ています。また、日本でもワセリンや尿素を含んだ保湿薬よりもヒルドイドの保湿力が高かったというデータがあります。これらを総合すると、ヒルドイドには一定の保湿力があることは間違いないと言えるでしょう。
ヒルドイドの実際の保湿力は?
ただし注意して欲しいのは、一部のメディアが言うように、ヒルドイドが「最強の」保湿薬と言われるほど強い保湿薬があるかどうかには疑問があるということです。アトピー性皮膚炎で高校生まで悩んでいた私自身、ヒルドイドを保湿に使ってきましたが、他の保湿薬に比べて明らかに優れているという印象はありません。患者さんに多く処方してきた私の印象でも、ほかにも優れた保湿薬は多数あるという印象です。また、ヒルドイドは日本では非常にポピュラーですが、アメリカでは保湿薬として使われているのを見たことがありません。アメリカでは保湿薬は保険でカバーされて処方されることはないのですべて市販薬になりますが、ヘパリノイドはまったくといいほど製品に使用されていません。
その代わりに、ヘパリノイドと同じムコ多糖類のヒアルロン酸や皮膚のバリアを構成する脂質の一つであるセラミドがよく使われています。ヒアルロン酸やセラミドの方が保湿力に関するデータは多いと言えます。
アメリカの皮膚科ではヒアルロン酸とセラミドの両方を含んだ製品のサンプルをよく患者さんに渡して使ってもらっています。私自身も使っていますが、塗り心地がよく保湿力も高いので、一押しです。
アメリカの薬局には多数の保湿剤が売られているが、ヒルドイドの成分は含まれていない。ヒアルロン酸やセラミドが含まれている製品は保湿力が強く、使用感もいい。
ヒルドイドに美容効果はあるのか?
保湿作用があるので、乾燥肌を改善し細かいシワが減って見えるという効果はあります。ヒルドイドに限らず、特に冬は乾燥を保湿薬で防ぐ、というのは美容に有効です。ただ、ホームページによってはニキビやシミにも効果があると書かれています。これは科学的に検証されたデータではないので注意が必要です。ニキビやシミにはそれに応じた治療がしっかりあるので、皮膚科医に相談して下さい。
ヒルドイドを使う上での注意点は?
ヒルドイドに含まれるヘパリノイドには、血を固まりにくくする作用があると最初に説明しました。しかし、ヒルドイドは皮膚の真皮までしか通常吸収されませんので、体に吸収されて全身の血が固まりにくくなる、という心配はまずありません。また、かぶれを起こす可能性も極めて低いですので、長期的に問題なく使用できます。とはいえ、これは私見になりますが、保湿だけの効果を期待するのであれば、このような血液に対する効果のない、ヒアルロン酸を使った製品を私であれば選びます。
ヒルドイドの有効な使い方は?
ヒルドイドは美容のための化粧品ではなく、あくまで保湿薬だということを理解して下さい。皮膚科によくかかる方にとっては、ヒルドイドは手に入れやすく、使いやすい保湿薬と言えます。クリームと乳液状のローションがあり、さらにジェネリック(後発品)の「ビーソフテン」という製品では透明なローションタイプとそのスプレーが発売されています。冬はクリーム、夏は透明なローションと、季節や乾燥の程度によって保湿薬の使用感を調節できるので、使いやすい製品と言えます。また、ヘパリノイドを含んだ「HPクリーム」「HPローション」という製品が市販もされているので、医師を受診することなく、手に入れることができます。
ヒルドイドは処方薬ですが、必ずしも市販品より優れているということはありません。市販薬、処方薬に限らず、保湿力が高いと思える自分に合った製品を選ぶことが大切です。