哲学書がはかどる日もあれば、『ギャグマンガ日和』を読みたい日もある

――パーッと贅沢して何冊か本を買ったら、どれから読んでいくか迷っちゃいそうですね。

 むしろ、複数の本を買うと楽しいっていうのが個人的にはあります。僕は併読なんですよ。読みたいものを自分の気分にしたがって手にとって読む。つまり、今日はお肉が食べたいみたいな夜があれば、胃が疲れているから野菜と豆腐でいいかなというような日もある。それと同じように、本もその日の自分にとって一番ストレスにならないものを手に取っていくというのが、末永く付き合っていく上では重要なことなのかな。

事務所に並ぶ本

後から書き換えたりできない緊張感が、著者のすべてを絞りだし、本が熱を帯びるのではないかとも語る。

――幅さんでも本を読むのがストレスになることってあるんですか?

 もちろんありますよ(笑)。でも、何か勢いがある深夜とかあるじゃないですか。ベンヤミン(※)でもなんでもござれみたいなときもあれば、今日はちょっと疲れてんなぁというときは『ギャグマンガ日和』とか最高級にくだらないのを読んだりとか。『進撃の巨人』の新刊くらいで今日はいっとくかみたいな。

――複数読んでると、どれかを読みかけのまま忘れちゃうということもありそうですが……。

 そうですね。去年だと4ヶ月ぐらい保坂和志さんの『未明の闘争』(※)という小説が読みかけのまま止まっていました。そんなとき、僕はトイレに置いてます。進まない本が並んでいるコーナーがあって、そこを眺めていると「あーこれまだだなぁ」って思い出すんですよね。毎日見ていると、意外にいけそうな気がするときがふとありまして(笑)。それこそ、『未明の闘争』はトイレに4ヶ月くらい居てもらったあと、ちょっと気が向いて開いてみると3日ぐらいで読み切れました。

あと、逆にグッときたなぁという本は体に近い場所に置いておきます。特によかったものは自分のデスクの一番前、その次は後ろ、だんだん隣の部屋みたいな感じで。別に見返すこともそんなにないかもしれないんですけど、背表紙が並んでいるのを見るだけで内容を思い出したりしますし、忘れにくくなるのではないかと思います。僕は電子書籍も使うんですが、そこで読んだリストを見直そうとかはないんですよね。紙だと日常の導線上で本に触れられるということが、すごくおもしろいところです。

※ヴァルター・ベンヤミン:ドイツの哲学者、思想家。
※『未明の闘争』:保坂和志の小説。「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた」など、通常の用法では扱わない実験的な文章などが使われている。

1冊でも自分の中に染みこむ本を持つ読書家になれ

――ちなみに、今はどんな本を読み進めているんですか?

 ちょうど僕の中で香りについて調べたいタイミングがあったので、それにまつわるいろいろな本を集めて読み散らしています。

幅さんが現在読んでいる本

幅さんが現在読み進めている本。左上から、『リバース・エッジ』、『おともだちカレー』、『放課後の音符(キイノート)』。左下は『アノスミア』、『スパイスなんでも小辞典』、『調香師の手帖』、『土を喰ふ日々』。


『放課後の音符(キイノート)』は高校生の男の子が大人の女性と甘い恋をするシーンがあるのですが、そこで「キンモクセイの匂いがする。甘くて歯が痛くなりそう。秋には恋に落ちないって決めていたけど……」という有名なフレーズが出てくるんですよ。僕は高校生の頃に読んでいたので、キンモクセイの匂いを嗅いだりするとその時期のドキドキを思い出したりもしますね。

あと、スパイスの本も読んでいます。講談社の『ブルーバックス』シリーズは自然科学全般を取り扱っているのですが、素人でもよく分かるようにできていて本当におもしろいですよ。岡崎京子の『リバース・エッジ』も90年代の有名な漫画ですが、「匂い」を軸に読んでみるとまた違って見えてきたりするんですよね。

――このかわいい絵柄は……『おともだちカレー』?絵本も読まれるんですね。

 これは最近の香料印刷の技術を知りたくて取り寄せました。今はすごいですよ、昔はちょっとウソっぽい感じの匂いだったんですが……ここをちょっと擦って匂いを嗅いでみてください。

――あ、すごい!カレーの匂いですね!しかも、日本の(笑)。

 ほんとにカレーですよね(笑)。香料印刷って小さな匂いの粒を塗料に混ぜているらしいんですが、擦るとその粒がつぶれて匂いが出るみたいなんですね。

幅允孝さん

本をたくさん読んでいるだけの人よりも、自分の中に染みこむ本を1冊でも持っている人の方が、いい読書家だと語る。

――こんな風に、いろんな本を純粋に楽しみながら読めたらいいなあ。肩に力が入っちゃっているんですかね。もっと気軽に末永く付き合っていきたいなと思います。

 やっぱり、何で読むかというと、楽しいから読んでいるんですよね。グレン・グールドという有名なピアニストがいまして、バッハの名人なんですが、亡くなった時に枕元にあったのが、聖書と夏目漱石の『草枕』。晩年それしか読まなかったと言われています。2冊しか読んでないじゃんと言われるかもしれないけれど、同じ本を何度読んでも楽しめるというのは、読書家としてすごく幸せですよね。

現在はLINEとかSNSでテキストに触れている時間は昔より増えていると思いますが、読むということに変わりはないから、それが本であってもいいのではないかなと。短期的に情報収集するのは不向きかもしれないけど、人それぞれに根を張る可能性のある情報をくれますよね。ゆっくり効いてくる道具とみなして、いつ芽が出てくるかは分からない種まきをするのもいいものですよ。

――最近思うんですが、みんながスマホをいじっている電車の中で、ひとりだけ本を読んでいる人がいたら、モテるんじゃないかと……。そういうのが動機でも、いいですかね?(笑)。


 僕も、女の子がポツンと本を読んでいたら無意識に目がいっちゃいますね(笑)。まずはモテたい!などの簡単な理由でもいいので、気軽に読書を続けてみてはいかがでしょうか。多くの冊数を読んでいる人だけじゃなく、自分なりの「モテ」を考える本だけ1冊読んで、血肉化して実際にモテている人も、僕はいい読書家だと思いますよ。


BACH

 

■取材協力

有限会社 BACH(www.bach-inc.com/

 

 




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