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鬼才炸裂! アファナシエフの前代未聞ベートーヴェン

独特のピアノ演奏で、鬼才として知られてきた巨匠ヴァレリー・アファナシエフ。突如録音されたベートーヴェン3大ソナタはこれまた衝撃的な内容。そのユニークすぎる、しかし説得力ある演奏について、インタビューした。

大塚 晋

執筆者:大塚 晋

クラシック音楽ガイド

鬼才ピアニスト、アファナシエフが、前代未聞のベートーヴェンを録音

アファナシエフ

会うと“鬼才”という印象からほど遠い柔和なアファナシエフ

鬼才と呼ばれるピアニストは何人かいる。中村紘子さんの『ピアニストという蛮族がいる』という書籍にも記されているとおり、そもそも一人で楽器と対峙する個人的な楽器ゆえ、個性が深化しやすいのかもしれない。そしてそんな鬼才ピアニストの中でもトップクラスの鬼才と言えば……、そう、ヴァレリー・アファナシエフ。

1947年、ロシア生まれの巨匠ピアニストだが、レパートリーを限定し、多くの場合、遅いテンポの独特の解釈で聴衆を震撼&感動させてきた。

そして67歳のこの巨匠は突如ベートーヴェンの3大ソナタ「悲愴、月光、熱情」を録音。ベートーヴェンで今までに録音されてきたものは「ディアベッリの主題による33の変奏曲」や「バガテル」「最後の3つのソナタ」など渋い選曲だっただけに、この王道3曲の録音にはびっくり。

恐る恐る聴くと『悲愴』最初の和音から、地平線の彼方まで落ちていくような聴いたことのない世界観に完全にノックアウト……。あまりに知らない音楽に最初は拒絶反応が起きる。だが、聴き終わると気になり始め、2度聴くと、もうこの演奏しか聴けなくなるという恐ろしい中毒性? 説得力?

小説も書くマルチな才能のこの真の鬼才に、恐れ多くも録音について、彼の音楽について、訊いた。
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ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番『悲愴』、第14番『月光』、第23番『熱情』

■ガイド大塚の感想(「2015年6月の、クラシック音楽のおすすめ新譜CD」より)
これまた凄まじい演奏が……! 悲愴の冒頭の和音は空間に放り出され、そのまま減退し水平線へ向かう……。遅い……。主題がセンチメンタルと思ったら対比的に鳴らされる和音の激しさ。突如止まったり音がずれ、掴みづらいスピード感に翻弄される……。トータル・セリエルのようなバラバラにされた、カットアップされた、意識のパズルを一つひとつ嵌めていくような。なんだこれは……。ところが、2回目からは思いのほか自然に受け入れられるようになる。これは小説だ。テンポの遅さは、行間や文字間。ハッとしたり、真実を目の当たりにしたり、素早い行動に出たり。作曲家と演奏家の“間”の音楽という印象。私は『悲愴』に酒場のラブソングや男女の会話、『月光』に映画『ラ・ジュテ』のようなフォトロマンのモノクロームの回想、『熱情』に恋愛と生涯の壮大な物語を感じた。クラシックの可能性、意義をも改めて示唆する衝撃的な1枚だ。

「私の個性は、厳格さから生まれた」

アファナシエフ
ガイド大塚(以下、大):あなたの音楽はユニークですが、いつからこういうスタイルなんですか?

アファナシエフ(以下、ア):私は若き日に3つの音楽学校を受け、それぞれの学校から異なる評価を受けました。1つ目の学校は「君のピアノはダメだがヴァイオリンは良い」。2つ目の学校は「君は稀に見る天才だ!」。3つ目の学校は「まぁ悪くない。入れてあげても良い」。私は3つ目の学校へ行くことに決めましたよ(笑)。そういう感じで、子どもの時から様々な評価のされ方をしてきました。大天才とダメという評価。今でも、私を熱狂的に受け入れてくださる方がいる一方で、拒否される方もいるかもしれないですね。

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:なんとそんな時から既に個性的な演奏だったんですか! 何かしらのきっかけがあってテンポが遅くなったわけではないのですね?

:「子どもは自由奔放に育てないと想像力が育たない」「締め付けて育てると、良い個性が育たない」などと言い、子どもがテーブルの上をぐちゃぐちゃにしたり、自由に走り回ったりすることを許容する人がいますが、私はそれに対して少し首を傾げます。

というのは私が育った家庭というのは非常に躾が厳しかったのです。例えば、お客様がいらしたら子どもは大人とは別のテーブルでの食事でした。勝手に大人の方に子どもが出て行って喋ったりすることは絶対に許さないような、本当にテーブルマナーから何から何まで、すべて礼儀正しく、非常に厳しく育てられました。

後に芸術を生み出すというときに出てきたものは確かに他者と違ったかもしれません。ですが、生活そのものは非常に礼儀正しく規則正しい日々を過ごし、きちんと練習をする、きちんと勉強をする。「きちんと何々する」というのを、小さい頃から自然に身に付けてきました。

ダンテは、人類史上もっとも素晴らしい文学を書き残した人、人類史上稀に見る存在だと思うのですが、彼はとても規則正しく生活し、きちんと韻を踏む文章を書いています。自由奔放に好き勝手な文章を書いているのではなくて、ルールに則った文章をきちっと書いた上でありながら最高の文学作品を残している。そこに通ずるものがあって、私の個性というのは、好き勝手な自由奔放とは違うのですよ。ディシプリン(鍛錬)、つまりきちんとした中にこそ自由を獲得する術があったと思っています。

:なるほど……。確かに、アファナシエフさんの独自さというのは、意図的に奇を衒ったというのとは印象が違うのがそういった理由なんでしょうね。ある曲がレパートリーになるかどうかの条件の違いは何ですか?

:作品が私の体の一部になるかどうかですね(笑)。例えばベートーヴェンのソナタ全曲録音や協奏曲全曲録音をする人がいますよね。そういうことができる人というのはすごいなと思い、敬意を持ちますが、私自身の場合は、体が受け入れるかどうかにレパートリーとなるかの分かれ目があると思います。私の存在がその存在を受け入れるか、という風に考えてもいいかもしれませんね。
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