店内の風景。
ビルの2階にひっそり潜むようにある、KISSACOのアトリエショップ「KHOHi」。湯島、末広町、御徒町、秋葉原などどこの駅からも近く、以前この場所はIT関係の会社の事務所だったそうです。んー、え?でもなぜここに?と辺りを見回してみると、コーヒーカップの記念碑がひょっこりと建っていました。ビルのお隣は「可否茶館」という日本初のカフェ発祥の地。そうか~、なるほど。
「元々浅草が好きで住んでいたこともありました。この辺りの土地が持つ雰囲気やカルチャーが好きなんです。実は美味しいお店も回りにたくさんあるし、自分がかつてバイトしていた喫茶店もすぐ近くなんですよ。今でもコーヒーを届けてもらったりしています。」
アートディレクター・伊藤心氏に製作してもらったというロゴマークで布製看板を作った。「KHOHi」という名前の由来は岡本さん本人からぜひ聞いてみて。
素っ気ない事務所だったスペースに、自分で什器を選び、少しずつ揃えていきました。古い家具やコーヒーの木樽を使って雰囲気ある空間にし、作業もできるようミシンも設置されています。外観からは想像がつかない、秘密の小部屋がそこにはありました。お店をオープンしたきっかけを伺ってみると……
「ポップアップショップをイベント的にやることはあっても、東京で常設で商品を見られるところは今までどこにもなかったんです。お客さまからも『どこへ行ったら現物を手に取れるのですか?』という問合せが増えてきました。私は人と接するのも好きですし、お客様との関わりをもう少し深めたいという気持ちもありました。ときには制作の様子を見てもらって、何か感じてもらえたら嬉しいですし。だから直接来てもらえる場所があったらいいなと思っていたんです。また、今まで自分はKISSACOブランドだけでやってきましたが、ここではもう少し世界を広げて、例えばKISSACOとは別ラインの作品を作ったり、自分の好きな作家の作品や、旅で見つけてきたものを並べたりするなど、KISSACOとはまた違った表現もしてみたいと思っています。プロに来てもらってコーヒーを淹れてもらうなど、イベントもやってみたい。」
産地を旅するように、図柄から想像が膨らむKISSACOのバッグ。
吹きガラス作家・石山瞳さんの作品。繊細な可愛らしさ。
ジュエリー作家・中川久美子さんの作品も並びます。
KISSACOのバッグがずらりと並び、さらにそこに岡本さんの世界観が表現された空間は、やはりワクワクとテンションが上がります。ここでは豊富なラインナップを一同に見ることができますが、全て一点ものでもあるので、その時その時に出会う楽しみもあります。老若男女、世代や性別を問わず使えるデザインであり、今までにもおばあちゃんが買いに来て孫と一緒に使っていたり、夫婦で使うために選んでくれたり、ということがあったそうです。しかしそもそもなぜコーヒーの麻袋でバッグを作ることになったのでしょう?この質問から、岡本さんのユニークな生い立ちを伺うことになりました。
「私は子供の頃から、例えば道で拾ったもので何かを作ったり、自分のアイディアでものを生み出すこと、楽しいことを見つけることが好きでした。小学校のときの夏休みの自由研究なんて、自分で考えたエコグッズだったんですよ、笑。常に面白いことを考えていて、いいアイディアが思いつくとすぐやってみたくなる性分でした。それもこれも自分の生み出したもので人に喜んでもらえる、ということが嬉しかったんです。高校を卒業してからは、そんな性格もあって、一時期は芸人の道へ進もうとしたり、DJにのめり込んでいたときもありました。旅館の仲居さんにハマっていたことも。どれも結局、人を楽しませたい、というサービス精神が強かったんだと思います。その後も様々な経験をしましたが、ある時、やっぱり地に足の付いた仕事をしなくちゃ、と思って、色々考えて「薬膳」の勉強でもしようかと思って、申込書まで準備して、明日出しにいく、というその夜に見た夢でなぜか『バッグ』っていうお告げがあったんです。朝ばっと起きたら、もうバッグだ!と確信していて。薬膳はあっさりキャンセルして急遽バッグの専門学校へそのまま願書を出しにいきました。そして卒業後はバッグメーカーで正社員として働きました。」
え、お告げって……と突っ込みたくなりましたが、岡本さんは、ときどきそういった直感がひらりと訪れることがあり、それはだいたい間違いがないんだそうです。
ポーチなどバッグ以外の小物も豊富。
「その後出産などを経て、一旦退社したのですが、当時たまたま父親がコーヒーの仕事をしていて、変わった絵柄の麻袋があったので家に持って来たことがあったんです。これで何か作れるんじゃない?と思ったらワクワクしてきて。自分の今までの繋がりで、試しにバッグを作ってみたら、すごくいいなと思えるものができたんです。代々木公園のアースガーデンで売ってみたら、たまたま百貨店のバイヤーさんなども来ていて。本当はその時に単発だけで終わらせるつもりだったのが、欲しいと言ってもらえる機会が増え、自分は人に喜んでもらえることが嬉しくて、気付いたら今に至っている、という感じです。」
ちょっとしたお出かけにも良さそうです。
コーヒーの麻袋、という限られた素材に向き合い続け、今年で7年目となるKISSACO。ずっと続けてこられたのは、バッグというアイテムで、浅袋という素材だったから、と岡本さんはいいます。自分は本来飽きっぽい性格だけれど、麻袋は毎回違う絵柄が手に入り、次にどんなものが来るのか分からない、今回限りというものもある。同じものを作っているようで、毎回新しい発見があることが良かったのだそうです。作り始めた頃はそんなにたくさんの絵柄があるとは知らずに4種類くらいでやっていたそうですが、岡本さんを知ったコーヒー会社の人が声をかけてくれ、無数の絵柄があることを知ったときの衝撃はすごかった、とのこと。
「特にスペシャルティコーヒーはいい絵柄が多いですね。だからできるだけ絵柄が引き立つよう、トリミングはいつも頭を悩ませます。一番いい絵柄が袋の真ん中のときもあれば、上のほうだったり、ズレていることもあるので。バッグ作りにはいろんな制約もあるから、その中でできるだけ手を加えずシンプルに、いかに絵柄を生かすかを心がけています。」
アトリエにはミシンがあり、ここで作業をすることも。
また岡本さんは元々革素材がすごく好きで、KISSACOのバッグで使う革部分もイタリアのインポートレザーなど、相当のこだわりをもって上質なものを選んでいるそうですが、あまりに好き過ぎるものだと夢中になり過ぎて回りが見えなくなってしまうんだとか。その点、麻袋は少し距離を置いて素材を冷静に見ることができたのも良かった、といいます。
「さらにファッションの世界にどっぷり浸らなかったのも良かったんです。毎回シーズンに合わせて早いサイクルで追いかけていったり、シーズンで余ったものを廃棄したりするのは自分はちょっと苦手でした。私のバッグが好きな人はコーヒー好きが多いし、流行り廃りとはまた別の次元で動いているので、自分のペースを保ちながら、ある意味気ままに作れるのは、バランスが良く自分に合っていました。」
岡本さんが旅で見つけてきたものなど、その時によって何が並んでいるかお楽しみのコーナーもあります。
最近は、自らコーヒーの産地へ出向いたり、コーヒー農園の生産者に里帰りでバッグを届けたり、という活動もしています。最初は思い付きで、コーヒー商社の人が現地へ行くときに、その農園の麻袋で作ったバッグを持って行ってもらったところ、生産者がものすごく喜んでくれた、ということがありました。いい笑顔で写真に写っていて、生産者も運んだ商社の人も喜んでいたことが、岡本さんにとってものすごく嬉しかったそうです。
「純粋に、相手が喜んでくれるから、自分も嬉しくてやっているだけなんですけどね。何かお金をもらっているわけでもないし、自己満足かもしれないけれど完全に自主的な活動です、笑。生産者が喜んでくれれば素直に嬉しいし、商社の人もそこで生産者と楽しく会話ができればきっとビジネスにもプラスになるんじゃないかなと思って、自分と関わっている人達に、何か恩返しをしたいという思いが根底にあります。今までこの仕事を続けてきて良かったな、という達成感を得られることが、この仕事をまた続ける意味にもなっています。」
コーヒーの木樽を什器に活用した味わい深いテーブル。
岡本さんの活動や商品が注目され、何度かテレビに出たり、メディアでも大きく紹介されたりもしたけれど、自分は事業を広げるつもりはないし、目の届く範囲で、コツコツじんわり、自分らしいペースで続けていけることが理想、と語ります。お客さんと真摯にコミュニケーションを取り、関わっている人達が喜んでくれることには最大限に応え、素直に面白いと思うことにはチャレンジする。KISSACOのバッグ、そしてこのアトリエショップには、そんな岡本さんの自然で潔い生き方がそのまま反映されているように思いました。
KHOHi(コイ)
東京都千代田区外神田6-16-3 国際6163ビル202号室
木、金、土のみオープン 11:00~17:30
http://www.kissaco.net