ファルスタッフとは
ジョン・ファルスタッフは、シェークスピアの『エンリケ4世』、『エンリケ5世』、『ウィンザーの陽気な女房たち』の3作に登場する太っていて、虚栄心が強く、卑怯な老人です。しかし、シェークスピア作品の他の登場人物に違わず、知性を持って人生を省みるような深みのある人物でもあります。ヴェルディ以前には、オットー・ニコライが『ウィンザーの陽気な女房たち』という題名で、ヴェルディの後にはレイフ・ヴォーン・ウィリアムズが『Sir John in love』という題名でファルスタッフをオペラ化しています。両方とも素晴らしい作品ではありますが、やはりヴェルディの『ファルスタッフ』には及ばないというのがガイドの意見です。
巨匠ヴェルディのユーモア
『ファルスタッフ』を作曲したとき、ヴェルディは既に80歳に近く、それまで喜劇作品を作曲したことはありませんでした(『一日だけの王様』で失敗しています)。『運命の力 』では、ファルスタッフに繋がっていく喜劇的な人物、フラ・メリトーネという人物を登場させています。ヴェルディは、なぜ80歳に近づいた当時、初めて、(喜劇とまでは言えないまでも)ユーモアを含んだオペラを作曲するという困難な仕事に挑んだのでしょうか。
おそらく、友人で台本作家のアッリーゴ・ボーイトがヴェルディに渡した、力作の台本が原因ではないでしょうか。ヴェルディは感銘を受けて作曲をし、結果、若い作曲家のようなメロディーと発見に満ちた作品が生まれました。この作品はイタリアオペラを改革したと評されています。
イタリアオペラの世代交代
『ファルスタッフ』は、1893年、若きプッチーニの『マノン・レスコー』がちょうど1週間後に、ミラノのスカラ座で初演されました。この出来事は、イタリアオペラのバトンが老齢のヴェルディから若い才能溢れた作曲家に受け継がれたことを象徴していました。『ファルスタッフ』は、それ以前のヴェルディ作品とは全く違った趣をもっています。ベルカント唱法ではなく、セリフと音の調和にはマエストロの技が光ります。全シーンが自然に流れていきます。
この作品で過去と決別することで、偉大なるヴェルディは音楽と感動に捧げた人生に有終の美を飾ったのです。実際に、この作品の終わりには、全登場人物が「世界の全てが冗談であり、皆騙されているのだ」と歌います。『ファルスタッフ』は人生そのものを描いているのです。