「家の作りようは夏をもって旨とすべし」という言葉があります。吉田兼好(兼好法師)が記した「徒然草」第55段に出てくるもので、「日本の住まいは夏の暑さ対策を考えて建てるべき」という意味で広く知られているように思います。しかし、これが本当に正しいことなのか、というのが今回のテーマです。

既成概念化した「夏をもって旨とすべし」

まず、最初に今回のテーマの元となることについて紹介しておきます。それは近畿大学建築学部の岩前篤教授の講演内容です。私がお話を聞いて、皆さんの参考になると思いましたので、ここで内容を私なりにかみ砕いてお伝えします。

大正期の住まい

大正時代に建てられた住宅の様子。美しい庭をのぞめる縁側があり、いかにも「夏をもって旨とすべし」をかたちにした感じだ(クリックすると拡大します)

結論を先にお話しすると、日本の住まいづくりで重要視すべきなのは夏の暑さ対策ではなく冬の寒さ対策であり、その理由は健康・安全に暮らせるようにするため、ということです。

「家の作りようは~」という徒然草の言葉は、中学校か高校の古文の教科書に掲載されていたことも多く、だから記憶に定着している人も多いと考えられます。そしてそれがゆえに、今のいままで「それが当然なんだ」と、半ば既成概念化されていたように思います。

岩前教授がおっしゃるには、徒然草が書かれたのは鎌倉時代末期(1330年8月から1331年9月頃にまとめられたとする説が主流=ウィキペディアから参照)のこと。その時代と現在では、状況が全く異なることを理解しなければいけないということです。

1330年というと今から700年も前のこと。当時の人々と私たち現代人の暮らしは質や内容が全く違います。そうすると、住まいに対するものの考え方も同じではないはずなのに、なぜか「夏を旨とすべし」は生き続けている。ちょっとおかしくないですか、というわけです。

日本人の月別死亡率をみると1910年頃は夏に死亡することが多く、現代では逆に冬が多くなっています。夏に死亡が多かった時代は衛生環境の悪さが死因に直結しており、このためペニシリンなどの特効薬が発見された今では夏に人が亡くなるケースは少なくなったのです。

徒然草の時代には当然、衛生環境がさらに良くなかったと推測でき、だから風通しの良い住まいにして、食べ物などが腐りにくかったり体調を壊さないよう居住環境を整え、それにより人々の健康を守ることが求められたと考えられるのです。

夏の暑さ対策より冬の寒さ対策を重視すべき?

つまり、徒然草で吉田兼好が言いたかった「家の作りよう」は、夏の暑さ対策をイメージしたものではなかったのかもしれない、ということ。当時は、暑さそのものは今ほどではなかったのかもしれませんしね。

暑さ対策

夏の暑さ対策を否定しているわけではない。昔から使われているすだれなどを活用することで日差しを遮り、室内の環境を過ごしやすくする工夫を行うべきだ(クリックすると拡大します)

それが地球温暖化に伴う地球環境の保全や省エネルギー、省資源化の流れから、「家の作りようは~」という言葉がいつの日か、夏の暑さ対策として一人歩きしているのかもしれない、と私には感じられました。

ちなみに、熱中症など夏にかかりやすい病もあると思われますが、それが死亡につながることは少ないとのこと。エアコンなどをこまめに使えば対策はできるわけで、要するに夏の暑さ対策というのは、現在の一般的な新築住宅ではある程度十分なレベルになっているわけです。

これは教授のお話にもあり、私が後で調べたことですが、そもそも徒然草は吉田兼好が個人的に記したものであり、当時はそれほど注目された文章ではなかったもの。それが江戸時代に人気が出て様々な注釈が付け加えられて今のスタイルに至ったもののようです。

つまり、作者自身の意図からはずいぶんとかけ離れている可能性もあることから、それが現在においても住まいのあり方のバイブルのようにとらえられるのは、ちょっとおかしなことのように思われます。

で、岩前教授が住まいづくりについて私たちにより真剣に考えるよう指摘されているのが、冬の寒さ対策、さらにいえば「住まいの断熱性」の向上です。

次のページはそのあたりから話を進めていきます。