ガイド大塚(以下、大):「音楽を聴くと痛みが解消する」というのはどういうことなのでしょうか?
藤本幸弘先生

大のクラシック好きの藤本幸弘先生。レーザーを用いた美容治療を行う「クリニックF」の院長を務めている

藤本先生(以下、藤):音楽が脳の中で何かに影響を与える力があるというのは昔から分かっていたのですが、医学的に判定はできていませんでした。ところが、今世紀に入って『ファンクショナルMRI』といって、脳内の血流などを測れる機械ができ、これにより音楽を聴いた時に脳内で何が起きているかを、血流を見ることによって判断することができるようになってきました。ここ10年でやっと医学的に検証できるようになってきたわけです。

大:本当に最近のことなのですね。

藤:そうなんですよ。そして『痛み』ですが、国際疼痛学会による定義は『実際に何らかの組織損傷が起こったとき、または組織損傷を起こす可能性があるとき、あるいはそのような損傷の際に表現される、不快な感覚や不快な情動体験』。つまり、感覚+情動なんですよ。要は実際に痛い状態だけではなく、その後に起こる脳内での動きも「痛み」なんですよね。

例えば、誰かを仲間外れにして疎外感を与えると「心が痛」みますよね。その時の脳を調べると、実際に何か外的な刺激をして痛い時と、脳の同じ場所が働いているのが分かったりするんです。結局のところ、実際の痛みであれ体験であれ、何かがあった際に脳の中でどこにアウトプットが繋がるか、というだけの問題なんですよ。短い急性痛と、長い慢性痛というのがあって、急性痛というのは実際的な痛みや危険を伝えるシグナルです。当然それは病院に行くべきです。ただ慢性痛は、実際の病気が治っているのに、痛みの記憶だけが残っていたりするんです。

痛みが生じると、交感神経が緊張して血管を収縮する、また、運動神経が興奮して筋肉が緊張し、これらによって血行不良が起こる。すると痛みの物質ブラジキニンなどが発生し、痛みを増強するんです。実際に痛みの原因がなくなっても、この回路だけが残ってしまっている場合があるわけです。

こうした慢性痛は、それを超える情報を与えると「マスク(覆う)」することができます。人間の脳は、脈や心臓を動かす脳幹と、感情を表す大脳辺縁系、食欲や性欲などの視床下部によってなる「旧脳」と、思考や言語をつかさどる大脳新皮質という「新脳」に分かれます。ある種の音楽を聴いたり、心地良い音楽を聴くとエンドルフィンやドーパミンなどの物質が新脳内に出ます。エンドルフィンはモルヒネの6倍の鎮痛効果があり、「快」の感覚を与えるホルモンであるドーパミンの作用を延長させます。なお、聴覚は五感の中で最も原初的な器官であり、脳に直接作用します。

コンサートに行って感動すると痛みをすっかり忘れたりしますが、それは正に「聴覚性痛覚消失」という脳の現象です。エンドルフィンが出て、痛みをマスクしているのです。

大:なるほど! 心地良さが痛みに勝り、痛みを感じない、というわけですね。でもクラシックが特別良い理由はあるのでしょうか?

藤:音楽には、リズムとメロディーとハーモニーの3要素がありますが、リズムというのは旧脳系に効きます。興奮してくるとか。ジャズなどはそういう感じですよね。

メロディーを理解するというのは高次脳である新脳じゃないと無理ですね。多分、動物はメロディーが分からないですよ。そして、メロディー以上に複雑なのがハーモニーで、クラシック音楽の特徴はハーモニーを入れ込んで作曲することに尽きるじゃないですか。脳は難しいものを理解したときに喜びを感じるんですよね。

更にクラシック音楽は伏線がたくさんあり、要は聴けば聴くほど理解が進み「あ、こういうことだったのか」と内容をちゃんと把握できたとき、脳内に喜びが出てくるんです。

大:確かにハーモニーや構成の複雑さで言ったらクラシックは別格ですね。

藤:歌謡曲のように1回聴いて気持ちが良いメロディー中心の曲というのは、自覚はなくとも、脳が早々にその旋律に慣れてしまい、ある意味脳が「飽きて」しまうということが起きてしまうように思うんですよね。慣れ親しんでいる曲の良さはもちろんあるわけですが、新しい発見や難しいことに挑戦し、前に進化する喜びを脳は常に求めていますから、そこを満たすことは難しくなります。

また、もう一つクラシック音楽の面白いところは、演奏家によって表現が異なるということですね。僕も1曲に対して30枚くらいCDを持っている曲があったりしますけれど、いろんな表現者がいて、それぞれが良いか悪いか、と聴き比べできる喜びもありますよね。